ウサギの耳

「ねえ見て見て、これ! 可愛くない?」
「可愛いと思うよ。前のより、ちょっと長くなったよね」
「分かるぅ? 新しくしたの!」
 商品名は確か、『うさ耳バンド』。可愛らしく揺れるウサギの耳を示すミラに、レグルスは微笑んで応える。スバルにリゲル、二人の視線がまるで自分たちの背中を刺すかのように注がれているのは、重々承知の上だった。
「さすがね! あたしのこと、見てくれてたんだぁ」
 教科書通りの対応をしたとはいえ、ミラはご満悦のようだ。いつものようにレグルスにハグをすると、機嫌良く、独りで先へと進む。こちらに目配せして、その後をスバルが追って行った。
 レグルスが彼女らの背中を見送っていると、リゲルの冷ややかな呟きが聞こえた。
「よく覚えていましたね。前のヘアバンドの長さなど」
「ま、まあね」
 曖昧に返事をし、レグルスはおそるおそる振り向く。意外にも、リゲルは怒ってはいなかった――笑ってもいなかったが。
「バニーの耳だって、装備品には違いないからね」
「一応、リーダーとしては目を配ってたわけですか。胡散臭いですね。……まあ、度を超さなければ何も言いませんよ」
 リゲルはさらりと言ったが、胡散臭い、度を超さない、が『装備品』にかかるのか、『リーダーとして』にかかるのかは、レグルスには判断が付かない。まだ、気付かれたくはなかった――レグルスがミラに対し、少なからず仲間として以上の感情を持ちつつあることを。  返答に窮するレグルスと、怪訝そうに眉をひそめるリゲル。微妙な空気を引き裂いたのは、先を行くミラの叫び声だった。
「きゃっ!」
「危ない、ミラ! 伏せな!」
 スバルが指示を出す声も聞こえてくる。見ると、空から襲いかかるモンスターの群れを、スバルが追い払っているところだった。リゲルもすぐさま駆け寄り、スバルに加勢する。
 レグルスは敵の掃討を二人に任せ、襲撃をかいくぐってミラに近寄った。彼女は地面に倒れているものの、傷などは無いように見える。
「大丈夫、ミラ?」
 声を掛けると、ミラは地面に伏せたまま、少しだけ顔を上げた。いまにも泣きそうな表情でレグルスを見つめると「……耳がぁ」と答える。
「耳?」
 レグルスは慌ててミラの顔を両手で挟むように押さえると、彼女の耳を確かめる。しかし、普段とそう変わらないように見える。きれいなピアスが輝く、形のいい耳だ。
 ミラが、顔を赤らめ、首を振った。
「……ウサギの耳よ」
「あ? ……ああ」
 負けずに赤くなりながら、レグルスはミラの頭上、耳付きのヘアバンドに目をやった。途中からふわりと折れていたはずのウサギの耳は、無惨にも跡形もなく引きちぎられている。どうやら、魔物に壊されたらしかった。
「……良かったよ。無くしたのが装備だけで済んで」
 『バニーの耳だって、装備品』。自分が先ほど口に出したばかりの言葉を思い出し、加えて、ミラが無傷だったことが嬉しくて、レグルスは思わず笑い――勢い余って、つい吹き出した。ミラはそんな態度に腹を立てたのか、モンスターを追い払ったスバルを伴って再び先へと歩き出す。
 レグルスが後を追おうとして方向転換すると、リゲルが立っていた。彼は呆れたように肩をすくめてみせる。
「確かに、装備品としては役に立ったと言えるでしょうけど」
「新しいのをプレゼントしてあげようかな」
「それくらいしてあげてもいいと思いますが。できれば、もっと丈夫なのをお願いしますよ」
 リゲルは苦笑いを残し、先を行く女性陣を追う。
 彼女がいちばん可愛らしく見える『耳』を探してあげよう。そしてできれば、敵の攻撃なんて寄せ付けないほどの強度も欲しい。
 策を練りながら、レグルスも歩を早めていった。

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