話す

「生きよう」
 偉大なる戦士オルテガ――セアの父親――と交わした、最初の言葉だ。エイルはその声を、冷たくなった両親の隣で聞いた。
「生きよう。ご両親が庇ってくださったんだ。その命、大切にな」
 オルテガはそう言って、まずエイルの両親の亡骸を丁重に葬った。そして、帰る家がないというエイルをアリアハンへと送り届け、孤児院に入れるよう手配してくれた。
 それがエイルとオルテガ、そしてその娘のセアとの縁の始まりだった。

 エイルとその両親が魔物の群れに襲われたのは、隣町までのほんの短い旅程でのことだった。行商を生業としていた両親には慣れた道だった。
 だからこそ、魔物に対抗する術は整えていたはずだったが、その日に限っては相手が多すぎたのだ。エイルの上に覆い被さるように倒れ込み、両親は最後の瞬間まで息子を守り続けた。
 そこへ偶然通りかかったのが、オルテガだった。長剣を一閃すると、ひしめき合う魔物達をなぎ払う。両親の死を半ば忘れ、エイルはオルテガの戦いに見入った。まるで息をするように屍の山を作ってゆく剣士の姿を、ただひたすら目で追い、脳裏に焼き付けた。
 この世に、こんなに強い人がいるなんて。
 そして思った。
 この人のようになりたい、と。


 旅立ちの朝、エイルは勇者の家の前に立ち、これまでのことを思い出していた。
 あれから十数年が経ち、魔王を倒す旅の途中で、オルテガは行方知れずとなった。あのオルテガが――自分に生きろ、と言ってくれた強い男が――死ぬわけはない、きっと世界のどこかにいるはずだと、エイルは信じていた。
 しかし現実に、オルテガの帰りを待つ間にも、魔物達の侵攻は続いている。新たな一手が必要とされていた。
 白羽の矢が立ったのは、当然といえば当然だが、娘であるセアだった。ほどなく、旅立ちは彼女の十六歳の誕生日、と決まった。舞うように魔物を屠ったオルテガ――その血を強く引いた彼女もまた、美しい強さを持つ戦士になっていた。
 一方のエイルも、文武を兼ね備えた一人前の僧侶に成長していた。アリアハン随一の能力を武器として、実力で勇者セアの旅に同行する切符を勝ち取った。
 オルテガのようになりたいという願いは、彼女を支えたいという強い思いへと形を変えて、今もエイルの胸にある。もう、誰かに守られる小さな子供ではない――今度の旅は、それを自分自身が確かめるためのものでもあった。
 オルテガに救われた日、彼からもらった言葉を、エイルは何度も何度も反芻する。セアの隣に立てるときが来たら、今度は自分が言うのだと心に決めていた。

「生きよう。……生きて、戻ろう」

-Powered by HTML DWARF-