爆発
「もう一人くらい居た方が、心強いんじゃねえのか?」
町はずれの森に差しかかろうとするあたりで、エイルは控え目に、もう何度目か分からない提案をした。アリアハンの酒場ではこれという人材に出会えなかった――カルムが客を追い出してしまったからだが――こともあり、結局三人で出てくることになったのだ。
「こんなに強いカルムがいて、それと同じくらい動ける私と、回復ではアリアハン随一のエイルでしょ? 問題ないんじゃない?」
エイルは、これも何度目か分からない説明を繰り返す。
「三人で行けないことはないさ。でも、このメンツじゃ困る局面も、絶対出てくると思うぜ」
「例えばどんな?」
「……説明しなきゃダメなのか?」
「勇者さまは、実は天然のアホの子だな?」
二人のやり取りをじっと聞いていたカルムが、過剰に楽しそうに突っ込みを入れてくれた。
エイルが思うに、セアはダメな勇者ではない。年のわりにはしっかりしているし、咄嗟の判断も信頼できる。何より強い。
ただ、楽観的すぎるのだ。物事を深く考えないのが彼女のいいところでもあるが、同時に短所でもある。それをアホの子と表現するのであれば、一理ある。
エイルは肩をすくめた。
「せめて、気楽すぎると言ってやってくれ」
「カルムが言ったのとあんまり変わらないじゃない」
セアが口を尖らせた。庇ったわけではなく本心を述べたまでなのだから、仕方がない。
カルムはセアとエイルを見比べて、ふっと息を吐いた。
「どっちの言い分も分かる。結論出たら教えてくれよ」
「丸投げか?」
「ピンチになってから考えるたちなんでね。戦略戦術は僧侶さまにおまかせしたいわけだ。……加えるなら、女の子を頼むぜ」
カルムはにやりと笑って先を行く。二人のやり取りを面白がっているらしかった。
「例えばこんな場面で困るわけ――だよ!」
言いながら、エイルは魔物の胴をなぎ払う。斬っても斬っても数が減らない魔物の群れを前に、セアは「よーくわかった!」と、やはり剣を振るっていた。
――俺のミスだったな。
エイルは今さらながら後悔していた。このメンバーでは、群れに囲まれると弱い。そんなことは分かっていたのだが、セアのペースに呑まれておざなりにしてしまった。セアに刃向かってでも、魔法使いを加えてから出発すれば良かったのだ。それを強く言えなかったのは、俺が悪い。
「反省すんなら後でしろ。今は確実にとどめを刺すことに、集中!」
カルムが蹴りを食らわせたモンスターが、エイルの脇を飛んでいった。エイルと背中合わせに構え、カルムが尋ねる。
「優男、魔法は?」
「……傷つける方は苦手だ」
「お前らしいな。……じゃ、仕方ねえ!」
カルムは吹っ切れたのか、はは、と笑って敵陣へ突っ込んでいった。さすがの豪傑にも、疲れが見え始めている。三人でこの数をさばくのは無理がある。
――攻撃魔法は不得意だ。しかし――足しになるかは分からないが、魔法を使ったほうがよさそうだ。
「伏せなさい」
考え込むエイルの耳に飛び込んできたのは、凛とした女性の声だった。驚いて振り返ると、いつの間に現れたのか、見知らぬ少女が呪文の詠唱に入ろうとしていた。
セアが戦いの手を止め、エイルと謎の少女のもとへと駆け寄ってくる。
「あなたは?」
真っ赤な髪が印象的な彼女は、エイルと同年代くらいか。厚手のマントの下には華奢な体。グローブに包まれていても細いと分かる手の指は、魔法の威力を増幅させる印を結んでいる。鋭い視線は敵の群れだけを捉えていた。
少女はこちらを見向きもせずに言った。
「通りすがりの魔女。……助けてあげる。言うとおりにしないと首が飛ぶわよ」
いやに偉そうだ。可憐な外見とはかけ離れた物言いに、エイルはしばし呆気に取られて固まった。
「セア、言うこと聞け」
カルムが、まだ何か言いたそうにしているセアを力ずくで地面に押しつけた。エイルのすぐ横で、小動物を踏みつぶしたときのような声がする。その妙な声で我に返ったエイルも、それに倣って地べたに寝そべった。
「イオ!」
次の瞬間、彼女が唱えた呪文が響き渡った。
体を低くして待機していた三人の上を、轟音と熱と共に、爆風が抜けていった。
エイルは伏せたまま、目を頭上に向けた。魔物の群れの真ん中で、魔法が炸裂したのだ。一瞬前までは魔物だったはずの焦げた肉片が、空からばらばらと降ってくる。生きているものは一頭としていなかった。
エイルと同じ体勢でその様子を見上げていたセアが、思わず感嘆の声を漏らした。
「あの子、すごいなあ」
「ああ。……俺やセアじゃ、ああはいかない」
セアは、どちらかというと魔法は不得手だった。エイルはといえば、回復魔法はかなり使うが、攻撃魔法の方はからきしだった。
その点、この少女の魔力は二人の比ではない。さっきの一撃ですべての敵を屠ったのだから。
起き上がったセアが、彼女の手を取って礼を述べた。
「ありがとうございました。おかげで、助かりました」
「いえ。この程度、大したことはないです」
さらりと言ってのけた少女に、カルムの眉がぴくりと上がる。喧嘩っ早いカルムが何とかこらえたのは、相手が年頃の女の子だからか。
彼のことだから、きっと彼女の言葉に心底ムッとしたのだろうとエイルは思った。それとも、強い相手に見境い無く湧き上がるライバル心だろうか。
「何か、お礼をさせて下さい」
「お礼などいりません。……ただ、一つお願いがございます」
そう言うなり、赤い髪の少女は土の上に膝を折った。黒いマントが地面にふわりと広がる。そして、深く深く、地面に擦りつけるかのように頭を下げた。
「勇者さまのご一行とお見受けしました。……グレシェ、と申します。見ての通り魔法を少々使います。決して足手まといにはなりませんから、私をどうぞ、旅の仲間に」
「おいおい。……さっきまでとはえらい違いじゃねえか。随分偉そうな姉ちゃんだと思ったが?」
「人に頼みごとをするときは、謙虚にするものよ。そんなこともご存じないのかしら」
グレシェと名乗る少女は、絡んできたカルムにも怯まずにぴしゃりと言い返す。逆にカルムの方がペースを崩され、口をへの字にした。
セアが、大人げなく張り合う気満々の二人の間に割って入る。
「グレシェさん、ですね。どこで身につけた技ですか?」
「ここまで旅をしながら、鍛練を重ねて参りました」
「私たちと一緒に行くってことは――あなたの旅は、もうやめてもいいんですか」
セアが首を傾げながら言う。その言葉に、わずかにだがグレシェの背が震えたように見えた。
「私の旅と、勇者さまの旅の目的は、きっと同じだと――」
「胡散臭えなあ」
カルムはグレシェの言葉を遮るように呟く。グレシェは彼を睨みつけた。
この二人が同じパーティになって、果たしてうまくやっていけるのだろうか、とエイルは苦笑いした。犬猿の仲――相性は最悪のように思える。
しかし、グレシェの力は捨てがたかった。
「セア。……お前が決めろ」
彼女がグレシェを認めるというなら、俺たちはそれに従うまで。セアがこのチームをまとめ上げられるかどうか、賭けてみるのもいいだろう。
「私?」
セアは魔法使い――自称魔女――の手を取って、「一緒に来て!」と嬉しそうに言った。
やはり、うちの勇者は迷わなかった。
「あいつ、何か裏があるぜ。いいのか?」
カルムはエイルの耳元で小さく囁く。手放しで喜ぶセアを見れば、さすがに大声では言えなくなったのだろう。
確かに、グレシェの素性はよく分からない。隠し事もありそうな気はする。ただ、実力は今見せつけられたとおりだ。
「何かあったらリーダーの責任ってことにしようぜ。どっかの武闘家さまが加入したときよりは、マシだと思うがな」
「ふん」
「いてっ」
どっかの武闘家さまと呼ばれたカルムは、返事代わりにエイルの背中を小突く。エイルはさらに一言、彼にどうしても言ってやりたいことがあった。
「お前の希望通り、女子が増えたぞ。喜べ」
「あれは遠慮したい」
カルムは半眼でエイルを一瞥するとそう言い残し、再び、一人先へと歩いて行った。