義賊の頭領

「女のあたいがお頭だなんて、おかしいかい」
 すぐさま、カルムが答える。
「おかしかねえだろ、別に」
「ふん」
 海賊の頭は鼻で笑うと、カルムをにらみつけた。彼女の目に浮かぶ表情は怒りではない。人の心の奥を探るような、複雑な光だ。人を束ねるものに特有の深さがある。
 セアもよくそういう表情をする、とエイルは思った。目の前の頭領もセアも、自分の心は見せずに、相手の懐を見抜く術を持っているのだろう。
 表情を変えずに、頭領はカルムに言った。
「おべっか使いは嫌いだよ」
「俺が、てめえの機嫌をとったって?」
 今にも彼女に飛びかかりでもしそうなカルム。頭領は、「さあね」と口元だけで笑った。カルムの威嚇など意にも介さない。
 怒りを何とか抑え込んでいるといったカルムの肩を、グレシェが後ろに引いた。カルムはまだ何か言いたげだったが、それでも渋々引き下がる。グレシェは、手よりも口が先に出るカルムを心配して早めに退場させたのだろう。
「それじゃ、あなたの望む答えは何?」
「さあね」
 頭領は、はぐらかすようにまた笑う。
「女だからって、何だっていうの? うちの勇者だって女の子だけど、その辺の男より強いわ」
 グレシェが自慢げにセアを押し出した。カルムとグレシェに先を越されたセアは、静かに後ろに控え、頭領との会話を聞いていたのだった。
「あんたが勇者?」
「はい。セア、といいます」
「で、あんたもやっぱり『おかしい』っていうのかい?」
「そうですね。……おかしいと思います」
「ずいぶんはっきりと言ってくれるじゃないの」
「普通はそう思うでしょう? 私も、生まれてからずっとそう言われてきたから。『女なのに勇者なんて』って」
「おい、セア――」
 セアもまた、さっき女海賊がしたのと同じ、腹を探るような表情で当の頭領を見返している。
 セアの心は乱れていないのだと知り、エイルは言葉を切った。見守ることにしたのだ。
「自分がそうだったから、あたいの気持ちが分かるとでも?」
「ううん。分からないと思う」
「ずいぶん正直だね」
「でも、『女なのに』っていう人の気持ちは、少し分かるんです。普通は、男の人の方が力も心も強いって思う。考えた結果とか、いろんな条件から判断する――とかじゃない。男に任せた方が安心できるって、思いこんでる」
「……ふん」
 頭領は、顎で話の続きを促す。セアが小さくうなずいた。
「だから私は、考えて考えて――私がよければ、それでいいと思ったんです。だって、おかしくてもおかしくなくても、私は勇者なんだから。……それに、みんなが一緒に旅をしてくれるのには、きっと男とか女とか、勇者とか、関係ない気がするしね」
 セアは、まっすぐに頭領に向いた。
「だから、答えるとしたら『おかしくとも、私自身は私の道を行く』。答えにはなってないかもしれないけど」
 頭領は、あははは、と豪快に笑い、「気に入ったわ」とセアに言った。
「面白い。あんたも、あんたの仲間も、これまでに会ってきた奴らとは違うみたいだね。……あんた、勇者やめてうちの船に来ない?」
「ありがたいけど、お断りします」
「他の三人は」
「渡しませんよ」
「だろうね」
 心底惜しいと言いながら、頭領は肩をすくめた。それから、ふと気付いたように「あんたら、何しにここに?」と尋ねる。
「私を気に入ってもらえたのなら、お願いを一つ、聞いて欲しいんですが――」
 セアが、島を訪れた理由――オーブを探しているのだと言うと、頭領は首を傾げた。
「この前の荷に、そんなのがあった気がするね。隠し場所を教えてやるから、もし欲しいものがあったらいくらでも持って行きな」
「いいんですか?」
「ああ。どうせ奪ってきたもんだ。……それに、いいお宝ってのは、ふさわしい主人を自ら選ぶ。あんたの仲間みたいにね」
「ありがとう」
 セアは女海賊と顔を見合わせ、にっこりと笑った。
 そのすぐ後ろに立つエイルには、セアの背中しか見えない。
 彼女はこの旅で、強くなった。性別のことを眠れぬほどに気にしていた時期はとうに過ぎた。自分自身に誇りを持ち、堂々とした勇者に成長した。
 ――俺の入る余地が無くなった、ともいうけどな。
 セアの心の支えを自負していたエイルにとっては、嬉しくもあり、寂しくもあるけれど。

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