聖職者の武器

 久々に立ち寄った大きな町。レグルスの提案で、宿を確保してすぐに買い物をすることになった。まずは武器屋。それぞれがガタがきた武器を整備したり、あるいは新しい得物を手に入れたり。
 そんな中、ミラは店主と商談中のリゲルを見つけ、後ろに回り込んだ。
「何を見てるの?」
「私にちょうどいいものを見繕っていただいたところです」
「それが、これ?」
「ええ。聖職者向きとのことですよ」
 リゲルの肩越しに覗き込むと、店主が手にしているのは何やら見慣れぬ武器だった。
 いかにも丈夫そうな柄の先からは鉄の鎖が伸び、その端には鉄球が付いている。それもただの玉ではなく、棘がたくさんついた物騒な形のものだ。柄を持って振り回し、玉の部分の重さに遠心力を乗せて敵に当てるのだろう。剣や槍よりも、むしろ棍棒に近いタイプの戦闘スタイルになる。
「あたし、初めて見るわ」
「モーニングスター。『明けの明星』という意味だそうですよ」
「あ、なるほどね。……確かに星のように見えなくもない、かあ。なんだか、神に仕える者っぽくないっていうか、攻撃のしかたが力業っていうか」
 ミラは言葉を切って苦笑いでごまかした。しかし、リゲルは構わずに自ら続ける。
「私には似合わない、と」
「うん。やっぱりバレちゃった?」
「あなたは、自分で思っているよりも分かりやすいですよ」
「そ、そう?」
「自覚はないのですか」
 リゲルは眉を寄せながらも、僅かに微笑んだ。困った人だとでも言いたげな表情に、ミラはほっと胸をなで下ろす。聖職者という立場に誇りを持っているリゲルに対し、似合わないというのはちょっと失礼だったかな――と思ったのだが、どうも本人も否定しきれないらしい。
「でもね、あたしにはどこが僧侶向きなんだか分かんないんだけど」
 リゲルはモーニングスターを手に取り、品定めを始めた。柄や鎖を確かめながら、ミラの方を見る。
「ご覧のようにこの玉を振り回して攻撃するわけです。斬ったり、刺したりしませんから」
「……血が流れない?」
 ご明察、と頷くリゲル。
「闘うにしても血はなるべく少ない方がいいと、私は思うのです。どっちみち敵を屠ることには変わりない。自己満足以外のなにものでもありません。綺麗事と言われればそれまでですがね」
「ううん、なんとなくだけど分かるよ。それがリゲルの選んだ道なのよね?」
「はい」
 ミラの問いに、リゲルは一点のくもりもなく答えた。歯切れの良さに、ミラまでも思わず背筋が伸びる。リゲルは大きな矛盾を抱えながらも、何かぶれない芯を見つけたのだろう。それが聞きたくて、ミラはさらに尋ねてみた。
「ほんとは辛いって思ってたりしない?」
「もちろん、悩んだこともあります。しかし、旅を続けるにつれて知りました。聖職者だからこそ、護るために闘わねばならないときもある、ということに。……それを罪とお咎めになり、迷える者を見捨てて魔物を野放しにしろとおっしゃるならば、それはもはや私の信じる神ではない」
 リゲルはそう言うと、首から提げたロザリオに祈りを捧げた。アリアハンを出るときにはすでに身につけていた銀十字は、いついかなる時も手入れされている。それはリゲルの篤い信仰の現れでもあるのだろう。
 顔を上げたリゲルは、なぜかミラから目を逸らした。そして、小声で呟く。
「あなたがたと旅に出なかったら――小さな島国に引きこもっていた昔の自分では、そんなことにも気付かずに一生を終えていたでしょうに」
「あれ、もしかして照れてるの?」
「ミラさんのように恥ずかしいことを平気で言えるほどは人間ができていないんですよ」
 茶化してみると、皮肉が返ってきた。ミラを睨む視線は恨めしそうだが、頬はやや赤らんでいるし、口元は綻んでいる。
「かわいいんだから」
「年上ぶらないでください」
 リゲルは照れを隠すように元の方へと向き直り、店主との話を再開した。
 その後ろ姿に、そういえば、とミラは思い出す。
 冒険の当初は、こんな些細な会話すらできなかった。ミラが遊び人として振る舞っていたから、リゲルとスバルから白い目で見られることが多かった、というのが一番の原因だ。しかし、それを差し引いたとしても、昔のリゲルはもっと取っつきにくくて堅苦しい少年だったように記憶している。
 リゲルは成長したのだ。この苦しい旅の間に、困難を乗り越えるたびに、人間としても僧侶としても。

 ――リゲルの武器は、その心よね。闘う聖職者なんて、かっこいいじゃない?

 また、恥ずかしいことを、と言われるのは目に見えているから、ミラは心の中で呟いた。
 商談がまとまったらしく、リゲルが店主からモーニングスターを受け取る。ミラは、その姿に明けの明星のような輝きを見た。

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