メダルの価値

 井戸の底を覗き込み、グレシェはため息を吐いた。
 セアとエイルがメダル王のところへと降りて行ってから随分経つ。集まったメダルを引き替えに行っただけなのに、どうしてこんなにかかるのか。
 愚痴でもこぼそうかと思ったその時、カルムが欠伸混じりに呟いた。
「遅ぇな、あいつら」
 アリアハンの町外れという土地柄、手強い魔物からも解放されているためか、彼は鍛え上げた筋肉を弛緩させて井戸の縁に腰掛けていた。しかし、カルムのことは責められない――少し気を抜いているのはグレシェも同じ。だからこそ待ち時間にこうして呑気に会話などができるのだろう。
「珍しく意見が合ったわね」
 カルムは、口元をにやりと曲げて笑った。
「地下の暗がりでよろしくやってるんじゃねぇのか」
「あんたって――」
 どうしてそうなの、と言おうとして、グレシェは口をつぐんだ。言うだけバカバカしいと思ったのだ。
 グレシェの表情になど気付かずに、カルムが顎を撫でながら言う。
「結構な枚数があったみてぇだから、何と引き替えるか迷ってんだろ」
「……だったら最初からそう言いなさいよ」
 あの二人が相愛なのは誰が見たって明らかだ。本人同士だっておそらく、互いに告げずとも心は通じていると、どこかで分かっている。だからこそ大事に温めている思い――それをぶち壊すようなことを、どうして平気で言うのか。
「人の恋路を邪魔する男は、おおくちばしに蹴られるって言うわ」
「そんなん、つまんねえだろ。酒のつまみにできそうなもんは楽しまねぇとな」
「あんたの肴にされるために生きてるわけじゃない。セアも、エイルも」
「あー、はいはい。分かったよ」
 カルムはまるでじゃじゃ馬をなだめるかのような仕草でグレシェを制した。
「メダルの王様ってやつも、あんな汚らしいメダルのどこがいいんだか」
 少しは反省したのか、セアとエイルの話はやめたようだ。
 メダル王については、グレシェも多くは知らなかった。
 どんなものにも熱烈な収集家はいるもので、かのメダル王も――実際『王』とは自称だろうし、どこぞの王族の血を引く高貴なお方とは思えないのだが――その一人と考えていた。ただ、メダル王の凄さは、メダルと引き替えに賜ることのできる品々の貴重さだ。それを思うと、王ではないにしろある程度お金に自由の利くお方の道楽なのだろう。
「集めてどうすんだ? 並べて眺めてにやにやするのか」
 未だ首をひねっているカルムに、グレシェは皮肉混じりに言った。
「カルムが大好きなものに置き換えたら分かりやすいんじゃない。例えば、女の子とかね」
「メダルのハーレムか。随分といいご趣味だな」
「カルムだって、色っぽいお姉さんをはべらせたら嬉しいでしょ」
「俺だって誰でもいいってわけじゃねえよ」
「え?」
 すぐに否定の言葉が返ってきて、グレシェはやや驚く。この男に『好み』というものが存在していたなんて――と。
 そう言われてみれば。
 カルムはいつもセアにはちょっかいを出しているけれど、グレシェはそんな被害を被ったことはない。
 それはつまり、グレシェはカルムの眼中にはないということだ。それはそれで煩わしくなくていいはずが、なぜか苛立つのはなぜだろうか。
「そんなに驚くことかよ」
 カルムは不本意そうにため息を吐くと、すぐに何事もなかったようにニヤリと笑う。
「さて、待つのにも飽きたし、酒でも飲みに行こうぜ」
「カルム、出入り禁止になってたんじゃない?」
「だからお前に声をかけたんだろうが」
 グレシェの疑問に、カルムは口を尖らせてむこうを向いた。
 彼と勇者たちのそもそもの出会いは、アリアハンの酒場を荒らしていたカルムをセアが退治したのだと聞いた。そしてそれ以来、カルムは一人で酒場に入るなとセアから言いつかり、それを律儀に守っているのだと。
「仕方ねえだろ、ルールなんだから」
 カルムは横目でグレシェを睨むと頭を掻いた。どうやら照れているらしい。可愛いところもあるのだと、グレシェは思わず吹き出してしまう。
「……笑いやがったな」
「だって、ちょっと意外だったから。……いいわよ、付き合ってあげても」
 セアたちが戻る気配はまだ無いし、今日のカルムはなんだか面白そうだ。それに――誘われても、嫌な感じではない。
 妙に浮かれている大きな背中を追いながら、グレシェはそんなことを考えていた。

-Powered by HTML DWARF-