逆襲の田舎者

「だから田舎ものは嫌なのですわ。さっさと立ち去りなさい。汚らわしいわ」
 島国・エジンベアの姫は、とんでもなく高貴なご身分らしい。生まれつきの勇者という肩書きから大抵の悪意には慣れているはずのセアでさえ、この扱いには思わずむっとした。と同時に、明らかな侮蔑の眼差しに、セアはこのお姫様と意思の疎通を図るのは無理だと直感した。まるで聞く耳を持たない人間とはいくら話しても無駄だと、これまでの経験が教えている。
 それは他のメンバーも同様だったようで、いつもは直情径行なエイルでさえ冷ややかな目でマーゴット姫を眺めていたし、クールなグレシェに至っては一瞥したきり見向きもしない。しかし、血の気の多い武闘家、パーティの切り込み隊長――カルムはそうはいかなかったようだ。ついさっきまでおとなしく後ろに控えていたはずの彼が、姫の胸ぐらを掴もうかという勢いで前へと進み出る。
「おい。姫だかなんだか知らねえが、てめえ何様のつもりだ」
「ちょっと、カルム。やめなよ」
「腹が立つんだよ。同族嫌悪だ」
 元来優しげとは言い難いカルムの顔は、怒るとさらに鋭くなる。彼は慌てて止めたセアだけに聞こえるように呟くとその手を振り払い、ものすごい威圧感とともにマーゴット姫に詰め寄ると口火を切った。
「確かに俺は都会の生まれじゃねえ。山の中の小さな村の出身さ。けどな、引き籠もって城の床しか見たことがねえお嬢様に田舎もの田舎ものって言われる筋合いはねえ」
 周りの心配をよそに正論で攻めるカルム。まったくもってその通りといった言い分だ。けんかっ早い彼でも、さすがに一国の姫を相手に力ずくで黙らせようとは考えていないようで、セアは胸をなで下ろした。
 やや血の気が引いたように見える姫に、カルムはさらにたたみかける。
「お前、海の見えるこんなたいそうな城に住んでて、波の音をじっくり聞いたことはあるか? 眺める場所によって星座が変わる夜空を見たことがあるか? 砂漠のど真ん中にあるオアシスがどれだけ綺麗か、知ってるか? 知らねえだろうな。……俺たちは知ってるんだぜ」
「よ、よくもそんな無礼な。……そんなこと、わたくしには必要ありませんわ」
「図星かよ、つまんねえ女だな。そんな懐の小せえお姫様にかしずかなきゃならねえ国民も可哀想――っと、国民もみんな世間知らずなんだっけな、この国は」
「そんな……わたくしは、ただここで生きてきただけです。エジンベアの姫として生まれ、その名を汚さぬようにと」
「汚さぬように、何もせずに生きてきたのかよ」
「……だって、それしかできませんでしたもの。他の選択なんてなかったのよ。姫らしくしていることしか、許されなかったの!」
「違うね。……いろいろな道を見て見ぬふりしてきたんだろう?」
 わざとらしく、蔑むように姫を眺めるカルム。それは先ほどの彼女と同じ表情、そしてセアと初めて会ったときの彼を思い起こさせるものだった。
 すぐに偽りの顔はかき消え、いつものはつらつとしたカルムが戻る。
「世界はお前が思ってるより面白えんだよ。悔しかったら外に出て、いろんなものを見るんだな」
「遅くは、ないのでしょうか?」
「何とかなるもんさ」
「ならば……それも、いいのかもしれませんね」
 旅の中で大きく変わった自分の証のように、カルムはすっかり萎れてしまった姫の肩を優しく叩いた。うなだれながらも目の光を失わずに唇を噛んでいるマーゴット姫は、セアには先ほどまでとはまるで別人のように映っていた。

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