きゃー! なにすんのよ!
「あたし、後ろで応援してるからぁ」
戦闘中。
ミラの暢気な声に、スバルは背後を振り返り、そして肩を落とした。
ミラのレベルは、日に日に上がっていた。常人ではたどり着けない、まさに修行を積んだその道の達人。ただし、遊び人として、だ。
まじめに闘うことはほとんどない。むしろ、旅に出て間もない頃の方が戦闘に貢献していた記憶がある。今のミラに前線に出られても、こっちが困るだけだろう。きっと、モンスターに怯えて泣き出すに違いないから。
「スバル、ミラのことは気にしないでね」
「よそ見している暇など、ありませんよ」
レグルスとリゲルが、スバルの心中を見透かしたように声をかけてきた。
「承知している」
モンスターの爪を華麗に受け流し、スバルは応える。
気にするなというくらいなら、はじめから仲間になどしなければ良かったのだ、とスバルは再び肩を落とした。
残念ながら、勇者レグルスは、誰よりも先にミラを旅へと誘っていたようなのだ。レグルスはミラがどんなに役に立たなくても、切ろうとはしない。彼とミラの間に何があったのかは分からないが、他人には言えないような秘密があるのだろう。
――いったい、何が。……いや、私の知ったことではない。
それに、とスバルは考え直す。
ミラだって、決して悪いところばかりではない。道中のムードメーカーでもあるし、遊び人のくせに、辛い旅にも音を上げずについてくる根性はたいしたものだ、と思ってもいる。
「スバルって、スタイルいいよねぇ」
――どんなに庇ってみても、やはりこれだからな。
ミラの間延びした声に、スバルは三度、肩を落とす。
「ちょっと、触らせて?」
「な、なんだと?」
いつの間にか、ミラがスバルの背後まで迫ってきていた。気配を消し、無音で近づいていたらしく、戦闘(と、ミラ)のことばかり考えていたスバルはまったく不意をつかれた。
「えーいっ」
近頃とんと聞くことがなかった、ミラの気合いの入ったかけ声。と同時に、彼女のしなやかな腕が、スバルの服の中に入り込んでいた。
「き――きゃああ」
柄にもなく、かわいらしい声でスバルは叫んでいた。体に力が入らなくなり、その場に座り込む。
ミラが、妙に色っぽく囁く。
「サラシなんか巻かなくったっていいのにぃ。おっきいんだからぁ、もったいないわ」
「や、やめて……やめろ……」
動き回るミラの手をどうにか押し止め、涙目で見回すと、魔物たちの姿などとうに消えていた。ミラとスバルが醜態を繰り広げている間に、男連中が倒してくれたらしい。
その彼らはといえば、レグルスは思い切りうつむき、リゲルは首が折れるのではないかと思うほどにそっぽを向いている。
リゲルが真っ赤な顔で言った。
「人前で、そんな――恥ずかしいことを」
「ずいぶん、かわいい声だったね」
レグルスも、やはりリゲルに負けないほど赤面している。
ミラがうふふ、と笑うと、ぱっとスバルから離れた。
「堪能させていただきましたぁ。ごちそうさま!」
そう言い捨てると、逃げて行く。あまりに素早い動きで、混乱しきっていたスバルは彼女を追うことすらできなかった。
着崩れた服を、どうにか直した。サラシが緩んでしまっているが、こんな場所では巻き直すこともできない。どうにも収まりが悪いが、仕方がなかった。
「……頼む、レグルス。ミラを何とかしてくれ」
スバルの訴えを聞いているのかどうか、男二人はやけに幸せそうな表情を浮かべていた。
「……きゃーって、言ったよね?」
「言いました」
「たまにはそんなスバルもいいよね」
「常時そうでも構いませんが」
「馬鹿か!」
二人を殴っておいて、スバルはミラが逃げた方を見る。ミラは、少し先の木陰で立ち止まって手を振っていた。
――どうも、憎めない。
彼女とは、もうしばらく付き合うことになりそうだな、とスバルはため息をついた。