トレジャーハンター

「やっぱり、リンに頼むしかないな」
 フィースが呟いた。
「何を?」
「カイにどうにか光を当てられないかなって、長年思ってるわけ。リンになら任せられるような気がする」
「フィースがこれまでずっと、やってきたんじゃない? どうして私なの?」
 フィースはカイの古くからの友人だと聞いている。新参者の自分などよりも、より絆が深いであろうフィースの方がよほど適任のはずだ。
 そう言うと、フィースは即座に首を振った。
「俺はダメ」
 その語調があまりに強くて、リンは思わずフィースの顔を見る。
 いつも明るくて前向きなフィース。それが今に限っては、どんよりと暗い陰を纏っている。普段との差に、思わず首を傾げてしまうくらいに――。
「リンは忘れてるかもしれないけど、俺は盗賊なんだぜ。罪人が勇者を助けて世界を救おうなんて、不自然だと思わないか」
 フィースは自嘲気味に問いかけた。笑顔を浮かべているのだが、目は笑っておらず、まるでどこか遠くを見ているようだった。
「元・盗賊でしょ。それに、友達を助けるのは、普通だよ」
 フィースは目を丸くしたのち、ぷっと吹き出した。なぜ笑われたのかわからずにリンも目を丸くする。
「なんか、おかしかった?」
「その感じ」
 フィースは笑いながら、リンの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
 リンに対し、まるで家族のように――リンに兄がいればこんな風に可愛がってくれるだろうか、と思う――接してくれるフィース。 カイに対しては、親友であり兄のようであり、そして少しだけ父を演じているようでもある。メルツにはちょっと弱くて、そこがまた憎めない。
 リンと三つしか年の違わないフィースだが、世間知らずのリンには想像もつかない道を辿ってきたのだと思わせられることがある。例えば、命が掛かる場面でのとっさの判断や、敵の思考の裏の裏を読む思慮深さ。本人はあまり意識していないようなのだが、追い詰められた局面での冷静さは、きっと人生経験の差の表れだ、とリンは感じていた。
 彼にできなくて、リンにできること。果たしてそんなことがあるのだろうか。
「俺の手が汚れてるってのは置いとくとしても。……リンは、最初から『カイを救いたい』って言ってただろ。カイは、勇者って言われると素直になれないやつだからさ」
「でも私、いつもカイと喧嘩してるだけで」
「喧嘩するってことは、カイが他人に絶望するのをやめたってことだ」
 今日のフィースの言葉は、何だか難しい。言葉の深みも、人生経験の差だろうか。
 カイが周囲に絶望しているというのは、わかる。それと喧嘩がどう繋がるのか。
 リンが腕組みで考え込むと、彼は「カイは、心の中から他人を切り捨てることをやめたんだよ」と付け加えた。
「じゃあ、えっと――他人を受け入れたいって思うようになったってこと?」
「誰かと分かり合いたいと思って自分の気持ちを伝えるから、喧嘩になるんだ。カイはこれまで全部独りで抱えて、独りで解決してきた。その方が楽だから。それがやっと、吐き出し始めた」
「多分、カイは、最初から変わってないよ」
 きっと、カイについてはリンよりもフィースの方が詳しいはずだ。だからリンは、確かめるようにフィースの顔を見ながら、少しずつ考えを紡いでゆく。
「吐き出したかったけど、素直になれなかっただけな気がする。勇者って知ってて、でもそれに触れずに話せる人を待ってたんじゃないかな。フィースは、カイにとってそういう存在だもん。……私にもその役が務まるなら嬉しいよ。早く、普通の幸せがカイに訪れるように、この旅を無事に終わらせる――それが私の願いだし、フィースもそうでしょ?」
 フィースは無言で頷いた。
 フィースも、最初は勇者としてのカイに興味を持ち、接触したのだという。しかしいつからか、『少年』カイになぜか惹かれ、親交を持つようになった――と、聞いたことがあった。
 出会いのきっかけはリンも同じ。そして今の想いも、フィースと同じだ。
「カイが吐き出す相手は、いっぱいいた方がいいよね。だから、私もフィースもメルツも、みんな一緒に」
「分かったよ」
 フィースが、リンの言葉を受けて答えた。ふと見ると、そこには『兄』の顔に戻ったフィースがいた。荒んだ表情は露ほどもない。
 ――フィースも、吐き出したいことがありそう。
 リンは思ったが、話の腰を折るのは憚られ、言葉を飲み込んだ。フィースも何か抱えているのだ。恐らく、分かり合いたい誰かにはまだ言えない――罪の意識に苛まれながら、押し隠している過去が。
「……メルツも交えて、後で作戦会議だ」
 にこやかに、フィースは言った。
 長年彼が背負ってきた勇者の友人という荷は、今日からは三人で分け合う。
 ――その次に救われねばならないのは、もしかしたらフィースなのかもしれない。
 カイにもフィースにも良く作用すればいいのだけれど、とリンは曖昧に笑い返した。

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