謎の水着

「女性向けの防具だろう」
 カイの、至極当然、といった素っ気ない言葉に、リンとメルツが顔を見合わせる。
「でも、わたし、着ないよ。こんな恥ずかしいの」
「私も、これはちょっと――」
 フィースは、二人の予想通りの反応に苦笑した。
 メダル王からご褒美に賜ったのは、布の部分が極端に少ない女性用装備――と言えば聞こえはいいが、要は普通のビキニよりもさらに露出の多い水着だった。
 夜、四人揃って宿屋の部屋で見たそれは、薄暗い照明のせいもあってか、妙に艶めかしかった。純白の翼をあしらったデザインはかわいらしく、フィースとしては下心などまったく無しで、本当に下心など露ほども無く、よこしまな気持ちなど抜きに、ぜひ女性に装備して貰いたいと思う訳なのだが、彼女らからの評判は芳しくなかった。
「こんなに薄手なのに、何やらのご加護で怪我しなくなるらしいし、体力も回復するって、メダルの王様は言ってた」
 フィースが勧めると、リンが噛みつきそうな勢いで「やだ!」と叫ぶ。
 彼女はビキニをつまんでハンカチのようにひらひらと振ってみせた。頼りなげに揺れる布を確かめ、リンは顔をしかめた。
「絶対嘘だよ。フィースはこれのどこを見て、身を守れるっていうの?」
「それはほら、着てみないと分からないことだろ?」
「でも、弱そう」
「うーん」
 フィースは助け船を求めてカイに目配せしたが、カイは乗り気ではないのか――普段の彼を思えば至極当然だが――表情を動かすこともなく成り行きを見守っている。厳しい旅に潤いをもたらすため、男子として少しくらいは協力してくれてもいいのに、とフィースは心の中で愚痴った。
 そうしている間に、リンは新装備への興味を完全に無くしたらしく、あろうことかフィースにビキニを投げつけてきた。
「とにかく、わたしはいいや」
「うわっ」
 うまく受け取ったフィースに、リンは「ナイスキャッチ!」とからかうように言う。
「フィース、記念に持ってたらいいんじゃない?」
「……何の記念になるんだよ」
 まるで噛み合わないやりとりが途切れたところで、カイがぼそりと呟いた。
「ならば、メルツが着ればいいだろう」
 まさかの提案に、その場の誰もが絶句した。いや、正確には、『カイ以外の誰もが』だ。
 空気を読んでいるのかいないのか――たぶん読んでいない――カイは何事も無かったかのように続けて言った。
「リンが着ないなら、メルツが着ればいい」
「わたし……?」
 不意を突かれたメルツは、混乱に乗じてフィースが差し出したビキニを受け取った。メルツは手に取ってしばらくそれを眺めていたが、やがて「あの、これ――」と両手でつまんだ。
「私も、遠慮したいのですが」
「とにかく一度、着ごこちを確かめてみたらどう? 本当に戦闘の役に立つなら、いいことだと思うぞ」
「でも、あの――」
 メルツは俯いて、ぽつりと言った。
「……お見せできるような体では、ないのですけれど」
 ――そんなことはない!
 フィースはつい大声で主張しそうになり、慌てて口を噤んだ。もちろん見せられたことなどないから想像――妄想するしかないが、その中では賞賛に値するというか、むしろ見せつけられたい。
「きっと似合う。大丈夫だ」
 フィースのよくわからない台詞に、リンが困ったような顔で笑っている。メルツは「それでは、本当に一度だけ」と言い残し、着替えのために奥の部屋へと一時退場した。


「……あまり、見ないでくださいね」
 そんな言葉と共に戻ってきたメルツに、フィースは釘付けになった。
 ――お見せできる。充分に、お見せできる体だ。
 手や腕でところどころ隠されてはいたけれど、メルツの白い胸元に白い翼はよく映えて、美しかった。腰布の部分もきわどいデザインながら、それに負けずによく着こなしている。着こなすといっても、布地の部分はきわめて少ないわけなのだが――。
 予想以上に衝撃的な光景に、フィースはすっかり蕩けてしまった。
「似合うね、メルツ」
 リンが感心したように声を掛けた。
「お、おかしくないですか?」
「ううん。思ってたより、ずっとずっと素敵! ちょっと刺激的すぎるかも、だけど」
「……あの、あまり言わないでください。恥ずかしい、です」
 メルツは羞恥のためか、肌をやや紅潮させて言った。それがまた、フィースの心と体を責め立てる。
「でも、これで戦えるものなのでしょうか。……本当に、破れたり――外れたり、しないのでしょうか」
 メルツと目が合い、微笑まれて、フィースは息が止まるかと思った。フィースが降参しようとしたその時、カイが口を開いた。
「そ――それは。これまでも、メダル王の、選んだものに、間違いは――な、かったが」
 ――おい、カイ。お前もなんだかおかしいぞ。
 いつもは刺さるように鋭いカイの視線は、今はあからさまに横に逸らされていた。怒ったような、ふて腐れたような表情になるのは、彼が照れを隠しているときの癖だ。
 フィースは、カイも健全な男子なのだ、良かったなどと一瞬思い、すぐに我に返った。
 ――いや、カイ。それは、まずい方向に誘導してないか。
 いま、この状況でさえ瀕死の自分が、もし破れたり外れたりなどしたら、本当に戦闘どころではなくなる。いろいろな意味でまずい。
「そっか、それもそうだね」
 リンは場の空気、とりわけフィースの心中を察したのか、ちらりとこちらを見やるとさり気なくカイに同意した。リンは明らかにこの展開を面白がって焚き付けているのだが、それに気付かないメルツはつられて頷く。
「ええ。……まあ、確かに」
「ね、もしメルツがいいなら、しばらくこの装備でいってみたら? フィースは大喜びなんじゃないの?」
「喜んでなんか」
 確かにいつでもどこでも目の保養ができて喜ばしいけれど、むしろ、苦行に耐える日々になるのかもしれない。気になる女性が、常に半裸で隣にいるという拷問に耐える日々。
 ――考えるだけで、おかしくなりそうだ。
 しかし、メルツに着るようにそそのかしたのは自分なのだ。ほんの数分前の自分を呪いながら、それでもついついメルツを盗み見ないわけにはいかないフィースだった。

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