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親しい間柄ですか?

喧嘩するほど仲がいい

 並んで歩いていたファーが突如立ち止まる。混雑している洋菓子店の、ちょうど出入り口前あたり。人の流れに揉まれながら、彼女は小さく呟いた。
「更新、しました」
 ファーの中に、新たなデータが追加されたらしかった。
 外見は完全に人間の女の子だが、彼女――七宮ファーは世界的な家電メーカーが製作し、試運転中の人型ロボットだ。その試験の舞台に選ばれたのは僕の高校、僕のクラス。そして、彼女の世話を命じられたのが僕。簡単に説明すると、こんな味気ない言葉になる。
 僕の胸中はそれよりも少し複雑で、しかも上手く言葉にはできない気持ちが多分に含まれる。自信を持って言えるのは、僕の中のファーは、勉強熱心で、ちょっとだけ世間知らずな転校生――そのくらいのものだ。
「今は、何を覚えたの?」
「『喧嘩するほど仲がいい』の具体例です」
 ファーは大真面目に言うのだが、僕はつい吹き出してしまった。
「何か、おかしかったですか」
 笑いをこらえる僕にとどめを刺すかのように、ファーが重ねて言った。つまり『喧嘩するほど仲がいい』はすでに覚えていたが、先ほどすれ違った中に正にそういう人たちを見かけたので、その目撃例についてさらに記録した、ということなのだ。
 わずかに眉を寄せて困惑を表すファーに、僕は謝った。
「笑ってごめん。全然おかしくないよ。……ただ、そういうときに『具体例』とはあまり言わないから、ちょっと新鮮だったんだ」
 納得したのかしないのか、彼女は浅く二、三度頷いた。ファーは基本的に、あまり大きなリアクションを見せないが、これでも、転校当初よりは大分表情豊かになったのだ。
 相変わらず真顔で、ファーは尋ねた。
「揉めたとしても、心が通じ合っていれば最終的には仲直りすることができる。喧嘩の前よりも深く繋がることができる。私はそう解釈しました。これは、間違っていますか?」
「間違ってない。きっと、そうだと思う」
 僕は、先ほど大笑いしてしまったことを今更ながら後悔し、恥じた。僕たち人間が深く考えずに流してしまうことに、ファーは正面から向かっていき、悩んで、彼女なりの正解を導き出している。
 それなのに、僕はどうだ。
「ファーは偉いね。僕、見習わないと」
「プログラム通りに行動することは、偉くありません。私が『偉い』という評価を得るのは、『人間らしい』行動を能動的に行ったときのみ。それは、プログラムの外にあります」
「プログラムされてたとしても、人間以上のことをやってると思うんだけどな」
 ファーは自身をロボットだプログラムだと言うが、僕は彼女をそんな風には見ていない。そこで意見の違いが生じているわけなのだが――。
 この隔たりを埋めるには、どうすればいいのだろう。沈黙した僕に、ファーは思わぬ提案をした。
「テスさん。私たちも、喧嘩をしましょうか?」
「え?」
 これは、プログラムされたものか、そうではないのか。
 僕はファーを見つめる。彼女の灰色の瞳が、『人間らしく』ゆらめいたような気がした。
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