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親しい間柄ですか?

Far Ver. 0.90→Ver. 0.91

 一週間の欠席ののち、ファーは以前と何ら変わらぬ様子で登校してきた。思えば、僕が世話係となってから、彼女がこんなに長く休むのは初めてだった。
「一週間も休むから、心配してたよ。バージョンアップとしか聞いてないんだけど」
「ええ。微細な改良点がたくさんありまして、それらをまとめて調整したのです。急な話だったので、事前にお知らせできませんでした」
 何を改良したというのだろう。不躾にじろじろと眺める僕に、ファーは淡々と「外見上は何も変化がありませんよ」と言った。
「じゃあ、どこが変わったの?」
「細かいところなので、どう説明すれば――」
 彼女は言葉を切った。唇に手を当てて、何ごとかを考え込んでいる。
 これは、珍しいことだった。ファーは基本的に、『悩む』ということ――彼女に言わせれば、内部の様々な処理に時間がかかっている状態、だそうだ――がほとんど無い。しかし、いつもなら打てば響くように帰ってくる答えが、今日はなかなか出てこない。
「あ、別に、言いにくいならいいよ」
 慌てた僕は、必要以上に首を振った。
 詳しく聞いたところで、一介の高校生である僕に理解できるとは思えない。それは、最初から分かっていた。
 ただ、これまでの彼女とこれからの彼女との間に何か違いがあるとすれば、ぜひ知りたい。好意を持つ相手の世界に、より踏み込んでみたい。
 そんな不純な疑問だったから、ファーを困らせるのもかわいそうだと思ったのだ。
「例えば、ですが」
 不意に、ファーは僕の方へ手を伸ばしてきた。目を丸くしている僕の顔に、温度を持たない、ひんやりとした手の感触があった。
 すっと抜き取ったのは僕の眼鏡。彼女はそれを、自らの顔にそっと乗せた。
「眼鏡を掛けても、ピントが合わせられるようになりました」
 僕の迷いを知ってか知らずか、彼女の世界は軽々とレンズを飛び越えてきてしまった。しかし、残念ながら、眼鏡を失った僕の視界はぼやけたままだ。
 僕は思いきって、ぐい、と身を乗り出す。近視の僕にでもファーの表情が分かるくらいだから、かなりの至近距離だ。僕の眼鏡を掛けた彼女の姿を、まじまじと見つめる。
「やっぱり、見た目も前とは違ってるような気がするなあ」
「そんなことはないはずですが」
 ファーはいつも通り、即答した。その頬が赤らんでいるように見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。
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