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カラーレス

 遅れてきた援軍が、やっと到着した。雷人が駈け寄り、後方で美里たちを守っていた俺に頼もしく言う。
「ここは俺サマに任せろ!藤咲サンと高見沢サンもそろそろ来るはずだしな」
「助かった!恩に着るぜ」
「それより、早く前線に行きなッ!いつもの切り込み三人が一人でも欠けちゃあ、京一も醍醐サンもやりにくいだろ」
 人数がなかなか揃わなかったため、今日は京一と雄矢が最前線、俺がしんがりを務めていたのである。しかし、もうそろそろいつも通りに先頭で方陣を組んでも大丈夫そうだ。
「わかった。甘えさせてもらうぜ、よろしくな」
 言い置いて前方に目を向けると、京一が一対数人のチャンバラを繰り広げているのが見えた。雄矢がその盾となり、敵の攻撃を払いのけている。普段なら俺と京一が背中合わせに切り込む背後を雄矢が守っているのだが、慣れない配置に雄矢は至極やりにくそうだ。それでなくても、相手は昔の友達――闘いにくいだろうに。
 そんなことを考えながらも、なんとか敵の攻撃の隙間ををくぐり抜け素早く雄矢の背後に回る。
 お待たせ、大将。そう声をかけようとした矢先、耳元で風を切る音がした。
(雄矢が、やられる!)
 何かの気配を感じたものの、他の方法が思いつかなかった俺はとっさに雄矢を突き飛ばす。後ろで雄矢が倒れ込む音がした。と、ほぼ同時に、雄矢を狙ったはずの鋭い一撃が俺のボディに入る。
「痛えっ」
 なんとか踏みとどまりケガの程度を確かめようと腹を触ってみる。
 ……冷たい。
 顔を上げると砂埃の中、俺と向かい合うように凶津が立っていた。
 一方、俺の不意打ちに転倒した雄矢は、すぐに体勢を立て直し振り返った。
「龍麻? 今のは、お前か?」
「ぼーっとしてんじゃねえ、醍醐ォ!」
 雄矢の問いとほぼ同時に、凶津が怒鳴る。凶津は思うように動けない俺の背中に回り、後ろから腕で首を絞めた。
「ぐっ」
「こいつの捨て身の友情とやらを、無駄にする気か?」
「何だと…?」
「うるせえよ、ハゲ。雄矢、気にするなよ」
 雄矢は、そこで初めて俺の異変に気付いたようだ。ひどく悲しそうな顔になり、小声でつぶやく。
「お前、俺をかばったのか……?」
 彼はまだ何か言いたそうだったが、遮るように俺は言った。
「謝るな……。俺がそうしたかっただけだ。お前を悲しませようとしてやったんじゃねえ。そんな顔するなよ」
 凶津が怒鳴る。
「つくづくおめでたい奴らだな。こいつのこのザマは、お前の――醍醐のせいだよ!」
 その瞬間力がゆるんだ凶津の腕を振り払おうとしたが、無駄だった。もう、体の自由が利かなくなってきている。鎧扇寺のやつらとは比べ物にならないほどの早さで石化が進んでいた。すでに腹より下――足は石と化し、そして腹を押さえていた左腕も粉っぽく変化し始めている。
「嫌な感触だ。小蒔、良く泣かずに耐えたな……」
「な、何を言うんだ! 今、美里を呼ぶからな」
「いや、回復も追いつかねえだろ」
「馬鹿、諦めるなッ」
「俺はまだまだやる気のつもりだ。……こんなところで死んでたまるかよ」
 それを見て逆上した凶津が、まだ石化が及んでいなかった俺の頬を殴りつけた。
「さっさと石になっちまえよ」
「凶津、龍麻を離せっ!」
「うるせえ、黙って待ってろ! ……次はお前の番だぜ、醍醐」
 体同様、口にも冷たい感触が迫ってくる。
「雄矢も、諦めないでくれよな……そいつと仲直りしてさ、できれば……俺を元に戻してくれよ。……それで……オッケーさ」
「……龍麻」
 雄矢は、しっかりと凶津を見据え立ち向かう。
「龍麻と桜井を……みんなを、元に戻せえっ!」
 怒鳴り声が、場の空気を震わせた。その間にも、静かに感覚が奪われていく。
「どうした、醍醐! 何かあったのかッ!」
 前線にいた京一が雄矢の声に気付いたらしく、叫んでいる。
「龍麻がやられた!」
「タツが……くそ、すぐそっちに行く。待ってろ!」
 京一の声を聞いた凶津が、俺と石と化した小蒔、そして雄矢の顔を一瞥し忌々しげに吐き捨てた。
「どいつもこいつも、気にいらねえ……何でお前らは、泣き叫ばねえんだ。命乞いしねえんだ!」
 その声は、どこか焦りを含んでいるように聞こえた。

 俺が泣かないのは、きっとみんなが何とかしてくれる、と信じているからだ。楽天家のプラス思考ではなく、確信を持ってそう言える。凶津はそれに気付いている――いや、もしかしたら怖いのかもしれない。
「どうせ、固まるんだ。わざわざ…顔……を、殴る……なよ」
 切れた唇から流れる血も、徐々に灰色に支配されてゆく。
「終わりか。手応えの無いやつだ」
 まるで、おもちゃに飽きた子供のように凶津が言った。あるいは多少無理をして、無関心を装っていたのかもしれないが。
 意識が遠のき、視界が暗くなっていく。
「悪ぃ、ゆうや。後…頼……」
「龍麻あっ!」
 雄矢の声が聞こえた、気がした。


 石化が解けた俺は、頭や腹や、とにかく至るところ埃まみれなのに気付いた。 凶津に蹴られたらしい靴の跡を払いながら、上半身を起こす。心配そうにのぞき込んでいた京一が、大丈夫か、と声をかけてくれた。
「あちこち痛むけど、まあまあだ」
 俺の言葉を聞いて大きくため息をついた京一は、俺の汚れきった姿に苦笑しつつ呟いた。
「だいぶ色男になったな。……しっかし、一時はどうなることかと思ったぜ」
「ん?」
「お前が、醍醐の身代わりになったって聞いたからよ」
  身代わり、という自覚はあまりなかった。ただ、目の前の敵から雄矢を助けようとした結果、考えるよりも体が動いてしまったのだ。しかし、周りにはかなり心配させてしまったようだ。
「ああ……。……そうだ、小蒔はどうした!?」
「あいつも無事だ。美里と高見沢が看てる」
  京一の示す方を見ると、確かに3人が何やら話している様子だ。
「良かった」
「良かった、はこっちのセリフだ」
 頭上からの声は、雄矢だった。
「桜井は、意外に元気そうだったぞ。それより、お前は何ともないのか?」
「平気だよ。……その……ごめん。心配かけたな」
「うむ……かばってもらった上にこんなことを言うのも心苦しいが、あまり無茶をしないでくれ。上手く言えないが、俺の代わりにお前が傷つくのでは……怪我をしなかったとしても、俺は痛いのだからな」
 雄矢の真摯な言葉に、俺は柄にもなく神妙な表情で詫びた。
「次は気を付ける」
「いや、もとはと言えば俺の不注意が悪いんだが……こっちの身が持たんからな」
 そう言って、雄矢は弱々しく笑った。曇った笑顔に、俺はこの闘いが雄矢にとってあまり嬉しくはない結果に終わったのだと悟った。

その帰り道。
 みんなに別れを告げて歩き出した俺は、思い返して雄矢を呼び止めた。
「なあ、雄矢」
「ん? どうした」
 雄矢が不思議そうな顔で振り返る。その表情には、やはりいつもの覇気がないように思えた。
「さっきは聞きそびれちまったんだけど、俺がやられてた間に何があった?」
「ああ……」
「仲直り、できなかったのか」
「……」
「言いたくない?」
「……いや。お前には……聞いてもらった方がいいかもしれんな」
 ひと息置いて、俺は雄矢の肩を叩いて言った。
「俺んち、寄ってけよ。立ち話も、なんだしな」



「龍麻っ!」
 返事はない。石になった龍麻を乱暴に蹴り倒し、凶津が叫ぶ。『龍麻だったもの』は無抵抗に倒れ、ゴトリと乾いた音をたてながら地面に転がった。ちょっと前まで、威勢よく軽口を叩いていたというのに。
「あの女も、こいつも……どうしてこんな面で石になれるんだ!? 怖くねえのかよ!」
「……分からないのか」
「分かるわけねぇだろ。分かりたくもねえ。トモダチなんてもんに頼らねえと生きていけねえ、てめえらの気持ちなんかよォ」
 そう言って、凶津はもの言わぬ龍麻の顔を踏みつけた。加勢しにやってきた京一が、その様子を見て語気をさらに荒げる。
「てめえ、タツにそれ以上何かしたら――」
「怖いに決まっているだろう」
 熱くなっている京一を制し、俺の口からは思ったよりも静かな声が流れ出ていた。凶津の『邪眼』が俺を捉える。冷たい目の光は、中学時代のそれとは明らかに異なっていた。
「何だと?」
「問いの答えだ」
 彼は自分をかばったとき、苦しい息の下から『凶津と仲直りして、俺を元に戻してくれ』と言っていた。その瞬間、よく分からない感情で胸が熱くなった。やや冷静になった今なら分かる。それは、彼の信頼に応えたい――龍麻をこのままにはさせないという強い気持ち。
 ……きっと、桜井も俺たちを信じて――。
「龍麻は最後まで笑っていた。桜井も、たったひとりきりで泣きもせずに石になっていった。……信じているんだ。何があっても、俺たちが絶対助けると。もう、迷わない」
 龍麻に、そして桜井に教えられた。他人を、ひいては自分をまっすぐに信じないとできないことがある。あのころの俺に足りなかったのは、揺るぎない決意だ。
「……信じるだの助けるだの、てめえのその口で良く言えるもんだな、醍醐。虫酸が走るぜ」
 吐き捨てるような凶津の言葉に、やりとりを聞いていた京一が口を開いた。
「結局、てめえは醍醐のことしか考えてねえじゃねえか」
「俺が?」
「ああそうさ。邪眼の持ち主は、強い羨みや妬みの感情がある奴なんだとよ。……お前は、一体誰のことがそんなに妬ましいんだ? 友達が、仲間ってモンがくだらねえと思うのは勝手だけどな、そういうお前が一番飢えてるんじゃねえのか? 誰かを求めてるんじゃねえのかよ。……おい醍醐、なにか言ってやれよ」
「うるせえ。どいつもこいつも、うるせえんだよ!」
「今さらと言われたっていい。あのとき……お前が罪を償ってきたら、また元のように親友に戻れるということを……俺はお前と自分を信じきれなかった」
 そう言って凶津の目を見返す。石にされてもなお信じてくれる桜井、龍麻。そして京一は、今もこうして俺に考えるチャンスを与えてくれている。
 目の前には、俺のせいで心に傷を負ってしまった友がいる。軽く目を閉じて息を吸うと、俺はずっと言えなかった台詞を彼に告げた。
「あのときのことを許してくれるなら――お前と、もう一度分かり合いたい。あの頃に戻って」



「……で、どうなったんだ?」
 黙って首を振った雄矢を見て、俺は悟った。
「そっか。……うまくいくと思ったんだけどな」
「俺の不器用さがいけなかったんだ。……あのときも、今日もな。凶津が拒絶するのも無理はないさ」 
「いや、どっちもまだ迷ってるっていうか。雄矢が迷ってるのは一目瞭然だけど、あいつも、さ。京一の言ったとおり、凶津も雄矢のこと気にしてるように、俺には見えた」
 雄矢は肩を落としてはいるが、その表情にはほんのわずかだが晴れやかさも伺えるように思える。長年燻ってきたものを、少しでも凶津にぶつけたせいだろうか。
 頷いて、雄矢は続けた。
「生きてさえいれば」
「ん?」
「生きてさえいれば、また会うこともある。……何度だって、あいつを信じればいいさ」
「……なあ、何か変わったな、お前」
「お前と桜井のおかげさ」
 そう言うと、雄矢は照れくさそうに「ありがとう」というと、俺の肩を叩いた。


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