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Dazzling Gold

「聴きに来てくれてありがとな、センパイ。おかげで、歌にも熱が入ったぜ」
 今日は、渋谷で『CROW』のライブがあった。オレ様は、比良坂サンのことで落ち込ンでる夕海サンを、最前列に招待してあった。彼はオレ様の不安を裏切って、約束通り来てくれたのだ。
「それは、オレのおかげじゃなくて雷人の実力だろ?」
「へへっ。まあ、そうだけどよ」
 ライブは無事に終了したのだが、夕海サンは片付けが済むまで待っててくれたのだ。
「もう遅いけど、一体何だってこんな時間まで残ってたンだ?」
「雷人に、誕生日おめでとう、って言おうと思ってさ。今日だったろ?」
 ……あと30分ほどで、『昨日』になってしまうが。ッたく、生真面目なんだか馬鹿正直なんだか。ま、そういうところが気に入って一緒に闘ってるンだけどな。嬉しかったが、ここで素直に喜ぶのはオレ様らしくない。
「ああ、サンキュな。まあ、これでしばらくあンたとタメってわけだ」
「言っとくけど、たとえタメになっても先輩は尊敬しろよな」
「まあ、適当に敬わせてもらうぜ」
 ようやく普段の調子が出てきたみたいだな。内心とても心配してたンだが、これならもう大丈夫か。
「じゃ、お祝いも言えたし、オレはそろそろ帰るよ。もう、こんな時間だしなあ」
 夕海サンは、自分のケータイの時計表示を見ながらそう言った。明日も平日。いつも通り学校がある。オレ様の誕生祝いのためにここまで遅くなったのかと考えると、少し責任を――感じないこともない。
「夕海サンは駅まで歩きなのか?」
「ああ」
「それなら、オレ様が新宿まで送ってってやるよ。夕海サンち、真神のそばだったよな?」
 学校に近いので、真神の連中の溜まり場になってるって話を聞いたことがあった。
「そりゃあ助かるけど……バイクで、か?」
「もちろん、これに2ケツ。嫌なら別に……」
「乗っけてくれよ。ただ、お前、メットはかぶれよ」
 言い終わる前に返事が来た。やけに、嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「コケなきゃ大丈夫だって。オレ様、安全運転だから多分コケないし。普段だってしてないんだぜ? 夕海サンこそ、かぶんねえのか?」
「オレはいいよ。転んでも、受け身とれるしさ。……雷人がかぶらないなら、乗らないぞ」
 この人、意外と強情なンだよな。オレ様の身体のことを第一に考えてくれてるのはありがたいけど。
「……分かったよ」
 ここはセンパイに免じて、折れますか。
 せっかく一日立たせていた髪を、半ば無理矢理メットにねじ込む。もう、今日は人前でヘルメットを脱ぐことはできない。その横で、単車を珍しそうに観察しながら、夕海サンが言う。
「へへ、オレ二人乗りって初めてなんだ。自転車でもバイクでも、やったことなくてさあ」
 バイクはさて置き、自転車の二人乗りをしたことが無いなんて奇特な人だ。まあともかく、これで謎が一つ解けた。
「それで、そんなに楽しそうにしてンのか?」
「そうだよ」
 ホントにウキウキしている。強いばかりでこんな一面なンか考えたこともなかったけど、夕海サン、結構かわいいとこあるンだな。そんなどうでもいいことに感動しつつ、オレ様はバイクにまたがった。
「ちゃんと掴まってろよ。落ちても責任取らないからな?」
「落ちないよ!」
 そう言って、夕海サンは軽々とオレ様の後ろに乗る。さすがの身のこなしだ。
「出すぜ」
「よっしゃ雷人、ゴー!」
 オレ様はその声に押されて、いつもより三割増しくらいのエンジン音でスタートを切った。
 バイクの醍醐味は、スピードだ。乗るのが初めてなら、サービスしないと、な。そう思い、人通りの少ない道を選んで加速する。背中の夕海サンには、楽しんでもらえているだろうか。随分しっかりしがみついてるみたいだけど、そンな余裕も無いなんてことはないだろうな。
(………ん?)
 背中の感触に、ふと妙な違和感を覚えた。
 柔らかくて、温かい。……オレ様の経験からすると、これはどう考えても女の子……?
 いや、そんなはず、ないだろう。こんな破壊的に強い女子高生が居てたまるか。自問自答し、頭に浮かんだ馬鹿らしい考えを振り払おうとスピードを上げた。

 新宿に着くまでは、あっという間だった。夕海サンの住んでるマンションは、本当に真神に近かった。溜まり場にもなるわけだよな。
「あー雷人、そこでいいよ」
 言われるままに、マンションの二輪車置き場にバイクを停めた。
「到着。……ありがとな。ちょっと、待ってろよ」
 そう言って夕海サンはマンションの向かいにある自動販売機に向かって駆けていく。街灯の明かりの下で見る後ろ姿は、思っていたよりも小柄だ。
 戻ってきた彼は、缶コーヒーを2本手にしていた。
「はい。足代代わり」
 夕海サンは、そのうちの一本をオレ様に差し出す。
「わりぃな」
「乗っけてもらって面白かったし、お礼だよ」
 あ。
 ヘルメット脱がなきゃ、コーヒー飲めねえよなあ。髪、どうなってンだろ。でも、せっかくの夕海サンのおごりだし。
 オレ様は、意を決して(そう大げさなことでも無いのだが)ヘルメットをとった。思った通り、寝てしまっている髪の毛。固まってるのをほぐして、無理矢理とかしつけ、何とか格好をつける。
「いただきます」
 プルタブを引き、一気にコーヒーをあおった。半分くらいを空け、一息吐いたオレ様に夕海サンは言った。
「雷人、今日はありがとう。ライブのチケットくれたのも、バイクで送ってくれたのも……。オレを励ましてくれたんだろ?すごく楽しかったよ」
 お見通し、か。
「まあな。………乗り越えろよ」
 それが簡単なことじゃないのは分かってる。けど、あンただから頑張って欲しい。夕海サンになら、できると思うから。
「……オレにはみんながついてるから。雷人からも、歌で元気をもらったしな」
 夕海サンは缶コーヒーをぎゅっと握りしめて、小さな声で言った。
「本当に、ありがとう……」
 それがやけに頼り無げに見えて、オレ様の頭にさっき押し込めた疑問が再び浮かぶ。
(やっぱり、夕海サンは……女かもしれない)
 だとしても、オレ様の気持ちには何の変わりもない。
「礼なンかいいさ。みんなもオレ様も、あンたの力になりたいだけなンだからよ。……それじゃ、オレ様は帰るぜ。また、そのうちな」
 これ以上話し込んで遅くなったら、夕海サンの身体に障るかもしれない。オレ様は、話を切り上げてバイクのハンドルを握った。
「ん。じゃ、お休み雷人」
「お疲れ、夕海サン」
 遠ざかる夕海サンを横目で見ながら、オレ様は単車の向きを変える。マンションの入り口に背中を向けたところで、遠くから夕海サンが叫んだ。
「なあ、らいとー。その、頭さあ」
 最後の最後に、そう来たか。『大きなお世話だよ』と言い返そうと息を吸うと、続きが聞こえた。
「すごく、きれいな色だったんだな。髪下ろしてるの見て、初めて気付いたよ」
「……」
 返す言葉を飲み込ンだオレ様は、何も言えず立ち尽くす。
「じゃあな」
 言うだけ言って、彼は建物の中へと姿を消してしまった。
 後に残されたオレ様は、思わず苦笑いする。生真面目で、破天荒で、正直で、意地っ張りで、強くて、脆くて、ちょっとぼけてて。それでこそ、いつも通りの夕海サンだよな。
「頑張れよ」
 そう言い残してオレ様はヘルメットを被り、夜の街へと飛び出した。


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