TOP


Call My Name

「あたし、諸羽の誕生日、素直な気持ちでお祝いできないかも」
 あたしは6月の末、諸羽にそう言った。
「え? どうしてですか?」
 諸羽は、不思議そうに聞き返す。あ、ひどいこと言っちゃったかな。でも、ちゃんと理由はあるんだよ。
「だって、きっと12日になったら諸羽との歳の差を考えちゃうと思うから。どう頑張っても縮まらない2年間があるんだなあ、って」
 我ながらネガティブな思考だ。あたしは、物事を悪い方に考え過ぎる、とよく言われるんだけど。
「先輩は一月生まれだから、僕の誕生日が来たら17と18で、しばらくは一歳違いになりますよ。それに、歳なんか関係なく、僕は先輩って人が好きなんです」
 そんなあたしとは逆に、いつでも真っすぐで前向きな諸羽。まず最初に、そこに惹かれた。あたしには、一年経ってもそれが眩しくて仕方がない。
「あたしだって、歳は関係なく諸羽が好きだよ」
 それはそう、なんだけどね。先輩、っていうのがあたしにはちょっと痛い。諸羽には悪気が無いって知ってるから、なおさらだ。あたしは、神妙な顔で考え込む諸羽には気付かれないように、こっそり肩を落とした。

 そして、今日はその7月12日、諸羽の誕生日。大学をサボって作った料理とケーキが、テーブルに並ぶ。でも、あたしは案の定気分が晴れない。
「今日から半年だけは、一歳差かあ……」
 気にし過ぎているのは分かってるんだけど。学生にとっての二年間は、人生経験的には結構重いものだ。浮上できないでいるところに、こちらは学校をちゃんと終わらせてきた諸羽がやってきた。時刻は、午後六時。待ち合わせよりも2時間も早い。
「こんばんは、先輩。約束よりだいぶ早いですけど、来ちゃいました」
 現金なあたしは、途端に元気が出てしまう。
「あれ、さやかちゃんの方は大丈夫なの?」
「はい。今日はボディーガードはいいから、早く先輩のところに行ってあげて、って」
 諸羽は、部屋の隅で制服のネクタイを緩めながらそう言った。彼は、未だにさやかちゃんの身辺警護を続けている。最近になって、やっとあたしもそれに慣れ、焼きもちの虫が治まってきた。焼きもちって単語が出るなんて、あたしもかわいいもんだ、と思ったりするけど。
 やがて、彼の目はテーブルの上に向いたようだった。
「うわあ、おいしそうだなあ」
 あたしも、ちょっと重くなっていた空気を吹き飛ばすように答える。
「そう言ってもらうと、照れくさいなあ。見た目が良くても、味の保証はできないよ?」
「え、そうなんですか? うーん、たとえそうでも、僕は作ってくれただけでうれしいですけど」
「いいこと言ってくれるなあ」
 そんなことを話しながら、あたしは冷蔵庫からよく冷えたジュースを出した。グラスは、諸羽が並べてくれた。小さなテーブルを挟んで、二人で向かい合って座る。
「じゃあ、乾杯だね」
「照れくさいですよ、改めてお祝いなんて」
 あたしは二つのグラスにジュースを注ぎ、あたしたちはグラスを合わせた。
「誕生日おめでとう、諸羽」
「……ありがとうございます」
 ジュースで乾杯なんて、いかにもあたしたちらしい。未成年だから、当たり前なんだけど。
 お腹が減っている、という諸羽のリクエストで、早速あたしの力作を食べることになった。

 普段通り、あたしがいれた紅茶で、食後を過ごす。
「僕、もらうプレゼントを昨日やっと決めたんです」
 諸羽は、『プレゼント、何がいい?』というあたしの問いに、『当日まで考えさせて下さい』と答えていた。それを思い出して、あたしは聞いた。
「そうそう、何に決めたの?」
「聞いて、くれますか?」
 あたしが頷くと、彼は膝を正し、視線を合わせて言った。やっぱり、真っすぐな目だ。一瞬その顔に見とれてしまったあたしは、慌てて言葉を返す。
「ど、どうしたの?」
「今日から……その、……『夕海』って呼びたいんです」
 諸羽は最初口籠っていたが、後半部分は一息で言った。
「え?」
 ユウミ、って呼びたい。耳から入った言葉を頭で理解するのに、少し時間がかかった。
「名前で?」
「今までは、『先輩』でしたけど。それってやっぱり、気にしてましたよね? 先輩は」
「うん。……うん」
 あたしは、突然の申し出にただひたすら首を縦に振るだけ。珍しく、諸羽の口調が強まる。
「口では歳なんか関係ないって言っても、何で僕は年下なんだろうって。先輩と同じ年に生まれて、すっと隣にいたかった。そう思ってた」
 それを聴いて、あたしは今やっと気付いた。歳を気にしてたのは、あたしだけじゃないのに。あたしは、諸羽の気持ちを考える余裕もなかった。
 あたしの気持ちも、同じ。いつでも、諸羽といっしょに、諸羽の隣に。そう思うからこそ、二年間が、大きく重く感じられたんだ。
「僕、ずっと名前を呼びたかったけど、なかなか言えなくて……。いい機会だから、敬語もやめてみようと思ってるんです。これでもっと仲良くなれますよ、ね」
 そう言った彼は、悪戯が見つかるのを待っている『男の子』の顔をしていた。あたしが、すごく気に入っている表情だ。更に、あたしにとどめをさすがごとく笑い、諸羽は念を押す。
「いいですよね? 二年間くらい、欲張って……並んでも」
 正座したまま、彼があたしの返事を待っている。悪いわけがない。あたしもそうしてもらいたかったはずなんだから。
「好きなだけ、呼んでいいに決まってるでしょ? 嬉しいな……なんだか、あたしの方がプレゼントをもらうみたいじゃない」
 たった、これだけのことで目の奥が熱くなる。それを彼に悟られないよう、平静を装ってあたしは続けた。
「あたしも諸羽と同じこと、ずっと考えてた。……でもこれからなら、いつでも隣にいられるよ?二年間のブランクを取り返せるくらいに、ね」
 そしてあたしは、待った。諸羽が、あの真っすぐな目でおもむろに言う。
「じゃあ、改めて。……夕海」
「……はい」
「祝ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。おめでとう、諸羽」
 あたしも、もちろん諸羽も、慣れない呼び名にかなり照れている。ちょっとの間があって、諸羽は耳の先まで真っ赤になりながらやっと口を開いた。
「……何だか、恥ずかしいですね」
 あたしはすかさず訂正する。
「『恥ずかしいね』でしょ?」
「あっ、そうか」
 諸羽が、思わず頭に手をやった。あたしたちは、どちらからともなく笑い出し、ずっと笑い続けた。テーブルの上で、紅茶が冷めていくのにも構わずに。


TOP