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最高のおみやげ、最高のお返し

 何日振りかで帰って来た、オレの部屋。オレは、その床に紙包みをたくさん並べて、一つ一つを指差し、確認する。
「えーと、雷人、舞子、亜里沙、紫暮、翡翠、アラン、雪、雛、マリィ……なあ京一、数え漏れ、ない?」
「それで全部だろ?」
 京一が、疲れているのか眠そうな声で相槌を打つ。昨日は徹夜で騒いでたし、そのせいで今日だって集合時間に遅れて来たんだから、眠いのは当たり前だろう。
「よし、じゃ終了ー!」
 だるそうな京一とは対照的に、太く短く寝たオレは今日も元気だ。オレたちは、さっき修学旅行から帰って来たばかり。京一と二人で、仲間たちにオレが買って来た『おみやげチェック』をしていたところである。もっとも、京一の方は部屋に入ってからずっと床に寝そべっていて、あまり貢献していないが。
 オレの終了宣言を聞き、京一はうつ伏せからちょっと体を起こして、オレの方に向いた。
「考えてみたらよお、3年ばっかりなんだよな。みんな修学旅行行ってんだし、土産なんか要らねえんじゃねえのか? 如月のヤツなんか、仕入れでしょっちゅう京都に行ってるらしいしよ。金、もったいねえだろ」
「そりゃそうだけど、付き合いは大切にしないとさ。それに、お土産は、選ぶ楽しさもあるだろ?」
 さっき広げたばかりの袋の数々を片付けながら、オレはそう答えた。買い物は楽しいものだ。特に、京都では自分への土産だって、目移りして選ぶのに苦労したし。ただ、翡翠の店とは違って、周りの目に気をつけながら品物を選ばないといけないのは辛かったが。
(男の格好じゃあ、買えないものもあるしなあ)
 思い当たるところがあって、オレは少し苦笑いする。
「選ぶ楽しさ、ねえ。気持ちは分かるけどよ。……お前、ホントに律儀なのな」
 京一は、オレの心の葛藤なんかに気づきもしない様子で、ため息を吐いた。
「義理人情は、付き合いの基本だよ、京一クン」
「おいおい、その袋全部が義理ってわけじゃねえだろうな? 義理は、せいぜいアランの奴くらいにしとけよ」
「揚げ足取るなよ。それに、アランのだって義理じゃないよ、残念ながら」
「わーってるって。ま、そういうところがお前らしいよな。……お、そうだった」
 そこで京一は何かを思い出したらしく、旅行カバンを開けた。京一の探し物は、大げさにカバンをかき回したわりにはすぐ見つかったようだ。
「うみ。これ、お前に土産だ。やるよ」
 そう言って京一が取り出したのは、片手におさまるくらいの小さな紙包み。和紙でラッピングされた四角い箱は、金銀の水引があしらわれていて、なかなか洒落ている。
「オレに? 何でだよ。自分のお土産くらい、自分で買って来たぞ」
「いいから、とっとけって」
 京一の表情を伺ってみる。さっきまでのだるそうな態度とはうって代わって、俄然目が輝いてきた。オレの経験からすると、これはこいつが何かを企んでいるときの顔である。何となく不安な心持ちで、しかしオレは素直に好意を受け取ることにした。
「じゃあ、もらっとくよ。開けてもいいか?」
「ああ」
 一体、この箱に何が入っているというのだろう? 綺麗な包み紙を破かないよう、細心の注意を払って開いていく。
 そしてオレは、目を見開いた。入っていたのは、上品な色をしたつげの櫛がひとつ。
「あ、……京一、これって」 見覚えのある曲線的なデザイン。これは昨日、民芸品店でオレが見愡れていたものではなかったか。すぐにでも手に取って、髪をといてみたかったけど、出来なかった。だって、オレは『男』なんだから。葵や小蒔が櫛を選ぶのを横目で見ながら、自分にそう言い聞かせた。しかし、そうは簡単に割り切れない自分を持て余して、何だかすごく切なくなったのだ。
「それで、良かったんだよな? 気に入ってもらえるといいんだけどよ」
 オレは、京一の声で我に返った。
「気に入るも何も……。これ、すごく欲しかったんだ。でもオレ、お前に言ってないよな、これのこと。何で知ってるんだよ?」
 手を伸ばしたくて仕方なかったけど諦めたなんて、そんな弱音、誰にも吐いてないはず。なのに、いつもこいつには分かっちゃうんだ。
「昨日、女連中が土産買うの、お前ずーっと見てただろ?」
「うん。まあ、見てたよ」
 普通の女の子が羨ましくて、他のみんなに嫉妬した。そんな自分が嫌になって、更に悲しくなって。
「男のカッコじゃ、きっと、欲しくてもそんなもん買えねえんだろうな、と思ってよ。だから、その……今日、ひとっ走り行ってきたんだ。ま、そのせいでちょっと遅刻したけどな」
 そう言って、京一は照れくさそうに頭を掻き、でも嬉しそうに笑った。そこで初めてオレは、今日の朝、京一の姿が見えなかったのはこれを買いに行ってたからだったんだと思い当たった。わざわざ、オレだけのために。
「ありがとう、京一。本当に嬉しいよ……」
 意地っ張りのオレにしては珍しく正直に、気持ちを伝えた。京一の思いやりに、何とか応えないと。その、一心で。
 オレの顔を指さして、笑いながら京一が言う。
「なに、いいってことよ。……そうそう、お前はやっぱりその顔だよな」
 オレは---京一に負けないくらいの満面の笑みを浮かべていた。
「お前のそんな顔が見れんなら、さ。ほんと、みやげ買って来て良かったぜ」
 彼は、かつて見たことないほど優しい目で、オレと櫛とを見比べている。その目線に困って、オレは下を向き、申し訳なさそうに言った。
「オレ、京一にお土産なんか買ってきてないんだけど……」
「ばーか、んなもん……もう、もらったよ」
「え? 何を?」
「絶っっ対、教えねえ」
 京一は、そう言って櫛を取り、オレの短い髪を梳いてくれたのだった。

 オレが京一に一体何をあげたのか、彼は未だに教えてくれない。


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