雪椿

大きい子

「塩出といいます。理雪の友人です」

 理雪から『俺の教え子が何人か受かったから、よろしくな』と教えられた中には、彼の大切な人の名もあった。一言挨拶させてくれと引き合わせてもらったところ、待ち合わせた学食に来たのは、件の彼女だけではなかった。

 俺の自己紹介に背筋を伸ばして、「よろしくお願いします」と答えてくれた小さい子が藤倉さん。可愛らしくて礼儀正しくて、どことなく犬っぽい。理雪から聞いたとおりのイメージだ。右手の薬指に光るのは、理雪が俺をアドバイザーに選んだものとはまた別の指輪――あいつめ、いつの間に――だった。
 そして、関心なさそうに「どうも」とだけ返した大きい方が、その友達、蔦さん。あの理雪に正面きって食って掛かれる度胸の持ち主だと聞いている。
 彼女らが仲の良いのは理雪から断片的に漏れてきてはいたが、キャンパス内を歩くのにも、大きい子――蔦さんが、まるで藤倉さんのボディーガードのようにぴったりとくっついているようだった。ちょっと過保護にも感じるが、本人たちがそれでいいなら、俺がどう思おうと関係ないのだが。
 今日の目的は藤倉さんの顔を覚えること。とりあえず目的を達成したことだし、適当に締めておこうか。
「学内のことで何か分からないことがあれば聞いて。それなりに頼りになると思いますんでね」
「はい。よろしくお願いします」
「どうも」
 またそれかよと蔦さんの顔を盗み見て、綺麗な子だなとごく自然に思う。無愛想な対応にちょっとだけわだかまっていた不満も、現金なものですぐに氷解した。
 確かに頼りがいのありそうな姐さんだが、彼女が藤倉さんを守ろうというなら、寄り添っているのが逆効果という気もしないでもない。女の子にしては高い身長が、すっと伸びた背筋でさらに強調される。シャープな顔立ちに、潔いほどに短い髪が似合う。要するに、藤倉さんよりも蔦さんの方が目立つのだ。
 蔦さんは、黙って突っ立っている俺に首を傾げた。別にやましいことはないつもりだが、沈黙を不審がられただろうか。
 それから蔦さんは藤倉さんの腰をポンと叩く。それに促され、藤倉さんはぺこりと頭を下げ、ふんわりと笑った。
「じゃあ、私たちはこれで失礼しますね」
 俺は取り繕うすべが思いつかず、余計なことと知りつつも、サークルオリエンテーションの部屋を教えてみることにする。
「ああ。……暇だったら、俺、野鳥の会のサークル勧誘やってるから寄ってみてよ」
「わかりました。回れたらお邪魔します」
 蔦さんは相変わらずクールにそう答え、浅く一礼した。こりゃきっと来ないんだろうな、と直感したものの、社交辞令はきちんと押さえている彼女が意外でもある。

 俺は二人の背中を見送りながら、ただ今の会合を反芻していた。

 まずいな。
 藤倉さんよりも蔦さんの顔の方が先に浮かぶぞ。
 ――さて、どうしてくれようか。