流星夜話

流星の夜、金の風吹く

「気がついたのね」
 女の声に身体を起こそうとして痛みに震え、再びベッドに倒れ込む。視界には薄汚れた天井。動く範囲で首を回したジズは、全身包帯だらけの自分に絶句した。わずかに鼻を突く焦げ臭さが、髪の毛が焼けた匂いだと気付くまで、さらに時間を要した。
「……確かシップが故障して、落ちて」
 この状況にいたるまでの記憶をゆっくりとたぐり寄せると、機内に響き渡る警報音と、不気味に赤く輝く非常灯が脳裏に浮かんだ。仕事で航行中、突然機体の制御が効かなくなってこの星に不時着したのだ。故障の発覚から落ちるまでがあまりに短時間で、緊急脱出ポッドを射出する余裕すらなかった。
 途方に暮れたジズが灰色の天井を見つめていると、それを背景にして黒い瞳の少女が覗き込むように顔を出した。目尻を下げ、語りかけてくる。
「ここは私の家だから、安心して休んでて。……頭を打ったかもって思ってたけど、記憶はちゃんとしているみたいね。三日も前よ、あなたが降ってきたのは」
「三日も?」
「ええ。災難だったわね。あなたのシップ、青白い尾を引いて落ちてきて、最初は流れ星だと思った。万が一のこともあるかもって見に行ったら、炎の中にあなたが倒れてたのよ」
 そう言って、彼女は白い手を結んだり開いたりしてみせた。
「多少はヒーリングの心得があったから、勝手だけどできる限りは手当てをしたわ」
「あなたが助けてくれたんですね。お名前は」
 少女は「ノイ。ノイ・レブルック」と名乗りながらジズの額のタオルを取ると氷水で冷やし、再び乗せる。それで初めて、身体が熱いことに気付いた。傷からくる発熱だろうか。
 間近で見たノイの細い指には新しい切り傷が目立ち、目は真っ赤に充血している。
 科学技術が発達した現在でも、ことに病気や怪我の治療に関しては人力、つまり魔法が基本だ。自分で言うのもおかしなことだが、一応は他人よりは鍛えてある身体がこのありさまなのだから、現場の惨状は容易に想像できる。そんな中で、ノイは危険を顧みずジズを助け出し、魔法で応急処置を施して、その後もほとんど寝ずに看病してくれたようだった。
 自分など見捨てた方が身のためだったのにと考えているジズだったが、彼女に浮かぶ隠しようのない疲労の色を見てとりあえず礼を述べておくことにした。
「ありがとうございます、ノイさん。僕は、ジズ・エムルダイン」
「どういたしまして。……ノイでいいわよ、見たところジズの方がだいぶ年上でしょ?」
「僕のこともジズでいいですよって言おうとしたら、先を越されてしまいました」
 横たわったままのジズにも部屋の空気が動くのが感じられ、ノイに目をやると、彼女はにっこりと歯を見せて笑っていた。こうして年相応の表情を見ると、驚くほど幼い。きれいな弓形の眉が大人びた印象を与えるが、実際は十七、八歳くらいだろうか。自分より十も年下の彼女に呼び捨てにされても、なぜだか悪い気はしなかった。
「このへんを飛び回って商売をしていたんですが、どうもシップがいかれてしまったみたいで。目的地はここでしたから、不幸中の幸いといったところですが」
「商人さんなの? 私、一人暮らしだし、商売相手としてはお役に立てないわ。ただ、治るまでは気楽に養生して。これも何かの縁だしね。お金は取らないし、治ったら母星まで送ってってあげるから。これでも、シップの運転は結構上手いのよ」
 曲がりなりにも商売人を名乗る自分よりも、ずいぶんとしっかりした娘だ。ジズが苦笑いの顔を作ると、ノイは安堵の表情で深く息をついた。
「やっと笑ったわね。……死にかけてたのよ、あなた。見つけたときにはもうだめかと思ったけど、良かった」
「笑うたびに体中痛いですけど」
 彼女と共に笑うふりをしながら、痛みで我に返ったジズは全く違うことを考えていた。
 事故とはいえ三日間も寝ていたなんて、何というミスだろう。せめて両腕が自由に動かせるようになるまでは静養させてもらい、一刻も早く『仕事』を済ませなければ、と。

 彼女の看病のおかげか、ジズは目覚めて四、五日も経つとだいぶ回復し、身体に染みつくほどだった薬臭さは気にならないまでに薄れていた。
 動けないジズが退屈しないようにと、ノイは枕元で毎日いろいろな話をしてくれた。内容は最新のニュースから彼女の小さな頃の思い出まで多岐にわたり、ジズが聞いても確かに飽きることはなく、『お話の時間』がいつしか二人の日課になりつつあった。
 今日もジズはベッドで上半身を起こしてノイの声に耳を傾けていた。そのうちに、話がどういう流れか彼女の家族のことに及んだので、ジズは気にかかっていたことを口にした。
「そういえば一人暮らしだと言ってましたが、ノイのご家族は今どちらに?」
「この星には人間は私だけ。私の家族は賊に殺されたの。そのころは他にも何世帯か住んでたけど、うちが襲われたのを聞いてみんな出て行ったわ。それ以来、一人」
「それは余計なことを。すみません」
「もう八年も前のことだからいいわよ、気にしないで。……だいたい、金だとか何とか、最近は盗賊にかっこいい通り名をつけるのが流行ってるみたいじゃない? 人の気も知らないで、腹が立っちゃうわ」
「それ、今噂の奴ですか。傍観者から見れば、うわべは格好いいんでしょうね」
「この目で見たことが現実だもの。……私は信じないわよ、噂なんか」
「それで正解だと、僕も思います」
 可愛らしく頬を膨らませたノイを作り笑いで眺めつつ、ジズは墜落前にチェックしたデータを思い出す。実のところ、上から回ってきた資料には『人口:一人』とあったのでそれ自体は把握していたが、理由にようやく納得がいった。どうも、本当に一人きりらしい。
 改めて、生傷が未だ残るノイのか弱い指を見つめた。ジズを救出したときの傷がやっと治り始めた彼女の手は、よく見ればずいぶん荒れていた。これまではちっとも気付かなかったが、短く切りそろえられた爪にわずかながら赤い砂が挟まっている。それは、ノイが今日もくじけずに土を耕していた証にほかならなかった。だが、大人の足なら一日で一周できる程度の小さな星でも、彼女一人きりでは手入れが行き届かないのだろう。
 この辺りに広がる小惑星群の環境は、人間が住みよいように母星で一括制御されているはずだ。しかし、微調整までは行き届かないということか、ここで見ている限り、ノイの星に関してはそれがうまく機能していないように思えた。一度壊れた生態系や駄目になった土は、もとの状態に戻るまでにかなりの歳月を要する。
 部屋の窓からは、午後の傾いた日を浴びて赤茶けた肌を晒す大地が見えている。シップのモニターに映っていたこの星は、まるで無人の荒野のようだった。その印象は、間近で見渡しても変わることはない。
「あなたは? ノイは、辛い思い出の残る場所を離れたいとは思わないんですか」
「私はこの星が好きよ。離れるなんて考えたこともなかったわ。悲しい思い出もあるけど、楽しい思い出の方がそれよりずっとずっと多いんですもの」
 ノイは暗い顔一つせずにからっと言ったが、本当に過去を気にしないように生きようとしているのか、強がりなのかジズには判断がつかなかった。それにしたって、十歳かそこらで一人放り出されて苦労しなかったはずがない。血を吐くような努力と、先の見えない孤独な日々との闘いがそこにはあったのだろう。ノイを実際の歳よりも上に見せているのは、ここまでの道のりなのだ。
 ジズにも似たような経験があるが、ここに至るまで、まるで彼女と正反対に生きてきてしまった。一人ぼっちになった自分を新しい世界へ導いてくれるのは、目の前の男に違いない――あのころのジズは差し伸べられた手を迷いもせず握り返したものだった。その結果がこの体たらく。手をはね除けて野垂れ死んだ方が、幸せだったのかもしれないのに。
 珍しく、ジズは実感を込め、自分の言葉でノイを労った。
「ノイは、たった一人でこの星を守ってきたんですね。……偉いですよ。よく、頑張りましたね」
 何気なく掛けた言葉に答えはなかった。はっとして彼女の方へ上体をひねると、ノイが顔をくしゃくしゃにして嗚咽をこらえているところだった。
 いくら気さくで穏やかなように繕っても、素の自分はこんなにも無神経な男なのだと思い知る。ジズの一言が、彼女が常にピンと張り続けていた心の糸を不用意にも断ち切ってしまったのだ。
「泣かせるつもりじゃなかったんです。ごめんなさい」
「謝らないで、嬉しいの。誰かに誉められたのってほんとに久しぶりだったから。……信じられる? 八年前までは花に覆われてたのよ。星一面が若草色に包まれて、風で揺れるときらきら光って、ほんとに綺麗だった。ずっと、どうにかして元の花畑に戻そうとしてきたんだけど、何度育ててもうまくいかなかった。でも、ここを離れられないの。この星と、この星の思い出がどうしようもなく好きだから、諦めきれなくて――」
 ノイが自ら塞いだ口元から溢れ出したのは震える声。語尾は涙でにじんで、よく聞き取れなかった。さっきまでの強腰で朗らかな彼女からは似つかぬ姿を、ジズはただ見守る。
 やがて、伝う雫を隠しもせずに、ノイはベッドの上のジズの両肩にそっと触れた。ぶれる声を精一杯支え、彼女はなんとか一言だけ絞り出す。
「ほんの少しだけ、場所を借りてもいい?」
「……いくらでも」
 できる限り優しい声色でジズが答えると、ぽんと軽い音がしてノイが小さな身体を預けてきた。髪から香る石けんの匂いがかすかに鼻をくすぐる。子供を抱くようにふんわりと腕を回して初めて、ジズはその背中の頼りなさを知った。
 乾いた土にじわりと雨が染みこむように、ジズの胸に彼女の涙が落ちていった。小刻みに揺れる肩を撫でることしかできなかったが、しばらくそうしていると彼女も落ち着いたらしい。今さらながら慌てたように身体を引くと、泣き濡れた瞳を無理やり笑顔にして呟いた。
「久々に泣いちゃった。知り合ったばかりの人に弱音を吐くなんて、だめね」
「いえ、僕なんかで良ければ。ノイはすごいですね。……僕も見習わなくてはいけないかな」
「何言ってるの、年上のくせに」
 ジズの言葉に、いつものようにちょっと生意気な口調で切り返す。
「いつかまた、星じゅうを花いっぱいにするのが私の夢だから。それまではここに住み続けるつもりよ」
 風が鳴り、砂が巻き上がる不毛の土地に、思い出の中の花畑が見えているのだろう。ノイはベッドから離れて窓辺に歩み寄り、夢見るような眼差しで今は何もない大地を眺めた。
 ジズが彼女にならって窓越しに外を覗くと、明るく尋ねる声がした。
「ねえ、ジズは種や苗も扱うの?」
「え、ええ。お望みとあらば何でも」
「じゃあ、今度のお花はあなたから買うことにするわ。その時はよろしくね」
「……任せてください。特別にいいものを仕入れます。きっと、きれいに咲きますよ」
「うん、ありがとう」
 ノイは先ほどまでと変わらない顔で可愛らしく舌を出し、肩をすくめる。しかし、その裏に大きな悲しみと孤独が隠されているのを今のジズは知っている。彼女の笑顔は、もう前と同じには見えない。
「あなたがいい人で良かった。実は、極悪人を助けたんだったらどうしようかと思ってたのよね」
 痛みがぶり返してきて、ジズはただうつむくしかできなかった。

 ノイが自室へ退くと、ジズは疼く痛みを吹き飛ばそうと頭を左右に振ってみたが、自らの髪の毛が視界に入ったところで止めた。そこでふと、彼女の肩に触れた手が目に留まる。緩んだ包帯の隙間から、両の手のひらの入れ墨――魔力を増幅させるための呪印――が見え隠れしていた。
 仕事はできるかぎり早く片付ける。その方が、自分も相手も楽だろうという結論に達したのはずいぶん前のことだ。だから、ジズが他人とこんなに長く一緒に暮らしたのは初めてだった。 
 自分はここに留まっていてはいけない、風はただ吹き抜けて去るのみ。そう腹の中で言い含めても、赤錆のような色の地表にまだ見ぬ花畑を知らず重ねてしまう。かと言って、瞳を閉じれば、目に焼き付いた涙と夢だけを追って虚勢を張り続ける小さな背中、そして遠い将来、一面に広がるであろう花の絨毯が思い浮かぶ。
 すでに答えが出ていることなど気付かずに、ジズの心は大きく揺れ続けていた。

 両足で自由に歩けるまでに回復したある夜、ジズは窓枠に掴まって立つと、切り取られた夜空を見上げていた。人間がいないことによる、数少ない長所――この星は大気が澄んでいて、昼も夜も神々しいまでに空が美しい。特に夜は、荒れた地面の様子が目に入らないからなおさらきれいに見える。
 物音にふと振り返ると、ちょうどノイが部屋に入ってきたところだった。
「ベッドに横になってたときには分からなかったけど、意外と背が高いのね」
 隣に並んだノイは難しい顔でジズと背比べをしていたが、やがてふと空に目をやると「あら」と呟いた。
「流れ星。ずいぶん近い」
 ジズがノイの視線を追うと、黒い空を切り裂いて、青白い光がこの星を目がけて一直線に飛んでいた。その正体に気付いたジズの身体は強ばったが、何も知らない彼女は嬉しそうに話を続ける。
「知ってる? 流れ星が見えている間に三度願いを唱えられると、叶うんですって。私、今、心の中で三回言えたわ」
「それは良かった。でも、昔から降る星は凶兆、不幸の前触れとも言いますよ?」
「意地悪。……あなたも夜空から降ってきたけど、私は不幸せになんかなってないわ」
「こんなお荷物を抱えることになってもですか」
「本気で言ってるの」
 自嘲気味に笑ったジズに、ノイの真摯な声が届く。その声色に驚いて隣を見ると、上気して赤みを帯びた彼女の頬が目の前に迫っていた。せいいっぱい背伸びしたノイの瞳に映るジズの顔は、溜まった涙で歪んでいた。
「ねえ。傷が治ってもずっと私と一緒にいてくれない? 私、ジズのことが好き。私とこの星で生きて欲しいっていったら、迷惑? ……寂しいからって頼る人を求めてるわけじゃないわ。あなたがいい人そうだから断らないだろうって思ったわけでもない」
 ジズ自身はとうに捨て去った――いや、荒んだ毎日の中で忘れたことにしてきた、純粋な光が宿る眼差しだった。
「だって、ここ何年も涙なんか出なくてとっくに枯れたものだって思ってたのに、ジズは私を泣かせてくれたわ。私、あなたがいれば自分らしくいられるの。……でも、もちろん、これは私のわがままだから――」
「……ノイ。僕は」
 ジズの口から答えはすぐには出ず、やっと切り出したと同時に、家の外で爆音が響いた。小さな大地を揺るがし、壁がチリチリと震えるほどの衝撃に、ノイが目を凝らして外の様子をうかがう。
「何? また、墜落事故かしら?」
「すみません。話は一旦中断です」
 ――ついに来たか。
 ジズは音を一瞬だけ気にしたものの、すぐに懐からナイフを出すと、左手に巻き付く包帯の端をためらいなく切り裂いた。ノイはするすると包帯をほどき始めたジズに目を丸くする。
「治ってたの?」
「この前、僕はちゃんとあなたの背中を撫でてあげられたでしょう? あの時、すでにね」
 両手、そして頭と、全身の包帯を解きながらジズは答えた。その下から表れた肌には露ほどの傷跡も残っていない。腕も足もしっかりと動き、後遺症はなさそうだ。ちらりとノイの様子を窺うと、彼女は先日のことを思い出したのか口までも大きく開け、驚きの表情を浮かべていた。
「これでも魔術士ですから、手が動いて魔法が使えるようになれば自力で治せます。ヒーリングはあなたより上手いですよ」
「魔術士? だって、ジズは商人でしょう」
「僕は、あなたに嘘をついていました。僕はホシガリなんです」
「欲しがり?」
「『星狩り』、です。星と、その上にあるすべてを根こそぎ狩り、奪い、売り払う。僕はあなたの仇と同じ、盗賊なんです」
「嘘」
「知っているでしょう。『金の疾風』の通り名を持つ魔術士にして盗賊、それが僕です」
「あなたが、『金の』? 嘘でしょう、そんなの」
 床へとくずおれるノイに、答える代わりにジズは目を伏せて深々と頭を下げた。よりによって家族の仇と同じ生業の男に、こんな男に惚れるとは、なんて運命の皮肉だろう。
「僕もあなたと同じ孤児でしたが、ノイのように生きることを選べませんでした。行き倒れた僕は星狩りの頭領に拾われ、そこで魔法と、表面上の人当たりの良さを身につけました。これまでこの手で汚いことを沢山してきたし、ここにだって狩りのために近づいたんです。この星とあなたは、闇に出回る商品リストに載っていましたから。ところが、あろうことか獲物に手厚く看病を受けることになった」
 懺悔なのか自己満足なのか、この局面になって初めてすらすらと言葉が出てくるなんて。それでも、ジズは湧き出るものを止められなかった。
「はじめは、あなたがいくら世話をしてくれたって情には流されない、ケガが治ったらあなたと適当に仲良くして、さっさと仕事を済ませてしまおうと思っていました。それがいつしか、あなたの夢が叶うといいと。あなたのために花を仕入れて一緒に育てられたらどんなに温かくて幸せだろうと、そればかり考えるようになっていたんです。……あの日、ノイに言ったことは嘘じゃありません。本当にあなたを偉いと思ったし、僕の胸で泣かせてあげたいとも思った。今だって、ノイの夢を叶えたいと思っているんです」
 経験のない痛みのもとが治りかけの怪我ではないと気付いたのは、ノイに胸を貸した日だった。あの時も今も、彼女の濡れた睫毛が視界に入るたび、何かに押し潰されるように胸が苦しくなる。思い出しながら、ジズは心臓をえぐるかのように強く押さえた。数日前空っぽだったそこは、痛みとともに確かな温もりで満たされていた。
 足下の床の色が、丸い染みとともに点々と変わっていく。ジズの瞳から涙が溢れていた。
「僕が盗賊になって得たものは、最強の魔術師という称号だけでした。でも、力を利用しようと近づいてくる輩しか知らなかった僕に、ノイは心地よくて美しくて、熱い気持ちをくれました。今、僕の中にも多分あなたと同じ気持ちがあるんです。これが恋や愛というものなのだと、生まれて初めて知りました」
 彼女はすでに、気丈にもにじんだ涙を拭い立ち上がっていた。瞳こそまだ潤んでいたが、いつもの通りの光を取り戻している。やがて、「あなたが嘘を言ってないというなら」と、落ち着いた声がジズの耳に届いた。
「私の好きなジズは星狩りなんかじゃないわ。ううん、例え本当に星狩りだとしても、私に泣く場所を貸してくれたジズもあなたの中にはいるって、私はちゃんと見たもの。……私は、私に頑張ったねって言ってくれたジズが好き。きれいに咲くよって笑ってくれたジズが、私は好きよ。それは嘘じゃないんでしょう?」
「ええ、本当です」
 ノイを正面に捉えて、ジズははっきりと頷いた。流れ落ちる涙の熱さもジズの中で産声を上げた感情も、彼女がくれた。自分がノイにあげられるものは何もないが、彼女と、彼女の思い出の詰まったこの星を守り抜くぐらいはできる。同じ戦火を浴びるにしても、これまでの『仕事』とは違う。しかし、自身には似合わない行い、これから他人のために慣れないことをしようとしている自分には、一片の後悔もなかった。
 ジズは手を胸に当ててぐっと握りしめ、戦闘に向かうべく密かに喝を入れた。この力は、今はノイのために。星狩りは廃業。戦いの日々は今日で終わりにしよう。
 しっかりとした足取りで、ジズは部屋の隅へ移動するとしゃがみ込んだ。ノイが無事だった荷物を事故現場から運び、まとめてくれていた。その中から厚手のマントと革のブーツを取り出して身につける。
「もう、行かなければ。さっきの青白い尾と着陸音はどこかの星狩りのシップだ。ちょっと追い払ってきますから、あなたはここを動かないで」
「待ってよ!」
 追いかける声を振り切って踵を返すジズの背中に、とん、と軽い衝撃が走った。顧みると、ノイが腰の辺りにしがみついて見上げている。まるで繋ぎ止めようとするかのように、彼女はしっかりと握りしめたジズの服の裾を自分の方へ引き寄せた。
「ちゃんと、ここに帰ってきて」
「僕でいいんですか。僕には償うべき過去もある。あなたの隣にいられるような人間じゃ――」
 ぶんぶんと、壊れんばかりに首を振るノイの頬がきらめく。
「私、あなたが仕入れてくれる花で星を埋め尽くすって決めたの。そのままいなくなったりしたら承知しないわよ。ちゃんと三回言えたんだから」
 彼女はすがるように言うと、ジズの右手を取って自分の小さな両手で包み込んだ。この手が汚れていると知り、背負うものが山ほどある男だと分かってもなお、ノイは受け入れてくれるという。
「ありがとう」
 ジズは初めて、偽りをすべて脱ぎ捨てた表情でノイに微笑みかけた。温もった手は離しがたく、乱れてしまった彼女の髪を空いた左手で軽く整えると、あの日と同じ香りがした。
「必ず戻ってきます。ノイの目に映った現実を、本当のものにするために。……そして、あなたの願いを叶えに。ノイの願いは、僕の願いだから」

 ノイに見送られて外へ飛び出した金の風は、赤銅色の土を蹴散らし、放たれた矢のように敵へと駆ける。次に見る流星には、彼女と共に、花に抱かれるみどりの星を願おうと心に決めて。