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六日目

「赤ちゃんかわいいね」
「うん」
 生後一日の弟を前に、リクくんのドライな態度は崩れない。引き締まった表情で、眠る弟を見つめる。
 そのうち赤ちゃんは目を覚まし、火がついたように泣き出した。
「おきた! ないてる! かわいい!」
 リクくんの顔はへらりと緩んでいた。

七日目

 今日のリクくんは無言で積み木遊び。とはいえ、普段から無口な彼だからいつもとそう変わらない。
 黙々と積み木を積んでは崩し、積んでは崩し。
「何してるの」
「あかちゃんにつみきをこわされたとき、すぐつくるれんしゅう」
 新しい家族を迎えるための、彼なりの準備らしい。

八日目

 私がどこに行くのにも、リクくんはついてくる。私の上着の裾を引き、小さな足音を立てて。
「どうしたの?」
「アヤちゃんがすきだから、くっついてるの」
 にっこりと笑うリクくんは、年相応のかわいらしさ。
「私もリクくんのこと大好きだよ」
 私も思わずにやにやする。

九日目

 姉は明日には退院する。なのにリクくんは浮かない顔だ。
「リク、かえりたくない」
「でも、明日になったらカイくんとお母さんが戻ってくるよ。リクくんも一緒に、おうちに帰るんだよ」
「かえらない」
 リクくんは口をへの字に曲げた。潤んだその目を、私は見ないふり。

十日目

「リク、アヤちゃんとけっこんする!」
 大きくなったらね、と諭しても彼は引き下がらない。
「やだ! けっこんして、いっしょにかえるんだもん……」
 あのリクくんが泣いている。
 私は泣かなかった。精一杯涙を我慢して、リクくんを笑顔で見送った。

ライン


十年後

「可愛い頃もあったのにね」
「そんなの忘れた」
 白無垢の私を前に、十年経った今も変わらずドライで生意気な陸。
「綾ちゃんが泣いたら、迎えに行く」
「ありがと」
「迎えいらないくらい幸せになれってことだよ」
「泣いてる?」
「泣いてねえ」
 涙もろいところも、変わらない。


【おやゆびからこゆびまで おわり】
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