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一年の計は大晦日にあり

「……おめでとう、の前に聞きたいことがある」
 一月一日の昼下がり、いつもより数倍ほどめでたそうな春の顔。一方の俺は、新年には似合わない微妙な表情をしていたに違いない。そんな俺に、春は首をかしげて尋ねた。
「ん、何?」
「なんでお前からの年賀状は、大晦日に届いてたんだ? 昨日ポスト覗いたら、お前の年賀状だけ入ってたぞ」
 春は途端に目を泳がせた。おめでたい雰囲気はどこへやら、挙動不審気味に口をぱくぱくさせている。しばらく間が空いて、彼女はしどろもどろになりながらも言い訳らしきモノを紡ぎ出した。
「配達の人が、間違って一日早く届けたとか」
「大晦日の深夜にポストマンが働いてるワケか? ……お前が直接入れたんだろ?」
「……バレた?」
 申し訳なさそうにごめん、と言うと、春は悪びれもせずに微笑んだ。
「要あての年賀状だけ、出すの遅れちゃったんだ。何を書こうか、ギリギリまで迷って、結局昨日まで決まらなくて」
 理由を聞けば意外に可愛らしくて、逆に返す言葉が見つからない。さんざん迷って、あの文面かよ――春からの賀状を思い出して、今度は俺が赤面し、答えに詰まる。
「あのなあ。……今どき、直接郵便受けに手紙を出すなんてタチの悪いストーカーぐらいのもんだ」
「新年早々そんなこと言わなくても。そういう要は、年賀状出してないでしょ」
 明らかに不機嫌になった春は、口を尖らせて不満を露わにした。それは図星だ。というか、俺は年賀状が来たら返す主義なので、出さないのは毎年のことだから怒られても困る。
「その代わり、発信規制解けてすぐメールしただろ」
「そうだけど――」
「やめだやめだ。この調子だと、初詣に行く前に日が暮れるぞ」
「それには賛成かも。外、結構寒いよ」
 今年初めて意見が合い、俺と春とは目を合わせて笑う。今年は、いい一年になるかもしれない――そんな予感がした。
 玄関の外に出ると、春は俺の姿を見て一言「重装備」と評した。そういう彼女だって、帽子にマフラー、コートにブーツ――肌の露出など無いに等しい厚着。ご丁寧に、両手までもポケットに突っ込んでいる。
「俺が重装備ならお前は重戦車。寒いって言うから警戒したのに、そんなでもないんじゃないか?」
「そうかな。私は寒いけど」
「ま、歩いてるうちに少しは暖まるだろ、行こうぜ。……ポケットの手、出さないのか?」
「これはね。両方持ってきたつもりだったんだけど、今手袋履こうとして見たら左しかなかった」
 春は困ったように笑いながら、両手をポケットから出して俺にかざして見せた。左手にはニットの手袋があるが、右手はなぜか裸だ。
「お前、新年も春だなあ。ほら、手」
 俺が差し出した左手に、春は多少遠慮しながらも右手を添える。ひんやりした感触が心地いい。春がさんざん悩んだという、年賀状の内容を思い出す。一日早くそれを読むことができたのは幸せだったかもしれないと、俺は今更になって噛み締めるのだった。
「まだ言ってなかったな。……おめでとう。今年も『私をよろしく』な?」
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