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戸惑いガーディアン

 刀の重みのない日は、高校に入って初めてといっていいくらいだ。持っている必要のなくなった守り刀は、家に置いてきた。
 二年の教室に続く廊下に差しかかると、周りの生徒たちが明らかにざわめき始めた。
 ――いったい何に対しての騒ぎなのだろう。
 考えるまでもなかった。私が要さんと一緒に学校に来てしまったからに違いない。
「遍さん? どうした?」
 下を向いてばかりの私を不審に思ったのか、要さんが怪訝な顔をしている。
「やっぱり別々に歩きませんか」
「何で?」
「だって、かなり引かれてますよ」
「そうか?」
 要さんは、そこで初めて気付いたかのように辺りを見回した。周囲の生徒たちは、私たちを遠巻きにしながら、歩みを早めて教室へと向かう。
 今さらながら、私は軽率な行動を猛烈に後悔していた。
 彼と一緒に登校してみたいとわがままを言ったのは、私だった。私自身はいくら噂されたっていい。そんなことには、もう慣れている。
 しかし、もし、彼が傷つけられるような事態になったら。例えば要さんが陰口を言われたり、『祟り』を恐れて彼から友人が離れてしまったりしたら――。
「はい、そこまで。……何考えてるか、ものすごく伝わってくるんだけど。俺、何とも思ってないよ」
 要さんが、私を横目で見ながら苦笑いを浮かべている。彼は再度、素早く周りの様子を伺うと、私にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「多分これ、いい意味で引いてるんだと思うよ。髪切ったらイメージが変わって、みんな戸惑ってるんじゃないか?」
 ――本当に、そうなのだろうか。
 髪は、不敗を願う願掛けの意味を込めて伸ばしていたものだったが、狐殿と褐を倒してすぐにばっさりと切った。闘いに明け暮れていた過去を引きずらぬように、また、これまでに屠ってきたモノたちへの弔いの意味も込めて。
 ただ、多少見た目が変化したくらいで、これほどのどよめきが起きるものなのだろうか。
「髪形くらいで、こんなにざわつくものですか?」
 私の疑問に、彼はなぜか焦ったような声で「いや、それは遍さんのスペックが高すぎるから」と言葉を濁した。宙を睨みながらやや考えたのち、付け足すように言う。
「何つーか、みんな、新しい遍さんに慣れてないだけだと思うぞ」
「でも、要さんに迷惑を掛けるようなことがあったら」
「俺、これまでそんなこと気にしてこなかったから、今ここにいるんだけど」
 私は言葉に詰まり、再び足下に目を落とした。それは、至極もっともな意見だったからだ。
 彼が自分の身の危険を省みずに闘いに飛び込んできてくれたからこそ、私は救われた。だからこそ、さらなる苦労を強いてしまうのは本意ではない。しかし、要さんはそれでもいいと言う。
 では、どうするべきなのか。人との付き合いなど皆無だった私には気の利いた答えは出せず、結局、彼に助けを求めた。
「私、どうしたら――」
「堂々と待ってりゃいいんじゃないか」
「堂々と?」
「うん、俺を庇ってくれたときみたいに。今度は、俺が護る番だからさ」
 要さんは私を説得させるかのように、ゆっくりと続ける。
「いいか。……遍さんは、誰も不幸になんかしないんだ。祟りだ何だっていう悪い噂は、俺がずっと君の隣にいれば、いずれ誰も言わなくなるだろ。だからさ、もう諦めて――甘えたら?」
 彼は照れくさそうな笑みを浮かべつつ、私にそう投げかけた。返す言葉を探している私の肩を軽く叩き、「また、帰りに」と何気なく下校の約束を交わすと、自分のクラスの教室へと入って行く。
 肩に残るのは、これまでにも何度か感じたことのある重さと、温かさ。安心して身を委ねることができる人の手の感触だった。頼れる人がいるのだという幸せが、じんわりと心に染み渡ってくる。
 私はどうやら、闘い続けていた頃よりも、ずいぶんとか弱くなっているようだった。しかし、それは『普通の高校生』に近づいている証に他ならない。
 もう、差し伸べられる手を払い除ける必要は無い。護られることに、早く慣れよう。
 私は深い呼吸を一つすると、教室の扉に手を掛けた。
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