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身長175センチ

「今のカップル、すごかったね」
 春がなぜか嬉しそうに言った。俺はといえば彼女のように周りを見る余裕などなく、昼飯をどこで食べようかと頭を悩ませていたところだったので、気のない返事をしただけ。
「何が?」
「見なかった?」
 春はわずかにだが顔をしかめた。見ているべきだった、と言わんばかりのその態度に、俺はやや不機嫌になる。
「お前なあ。俺は誰かさんみたいに、すれ違う人全員を観察してるわけじゃないぞ?」
「要は周りに関心がなさ過ぎるの。……それに、私の言うことだって、結構無視してることがあるよ」
 俺は思わず言葉に詰まる。実際は、春になんと言葉を返せば最善か――それを考えるのに時間がかかりすぎて聞き流したようになってしまうだけなのだが、今それを言い訳しても立場が弱くなるだけだ。これ以上の攻撃を避けるため、遅ればせながら彼女の話に乗ることにした。
「で、すごいって、何がすごいんだ」
「身長差。彼氏がすごい長身でかっこよくて、彼女がすごい小さくてかわいいの」
 彼女はよくこういう大雑把な表現をするので、俺は困ってしまうことが多々ある。この場合のすごいは長身・かっこいい・小さい・かわいいのどこにかかるのかによって、だいぶ意味合いが違ってくるのだ。
 ついでに付け加えるなら、体長、もとい身長を具体的に示してくれないと、話題に上ったカップルを見ていない俺にはさっぱりイメージが湧かない。さらに言うなら、彼女の『かわいい』は八割引きくらいで聞いておかないと、あとあとがっかりすることになる。
 それはともかく。
「すごいすごいと言われてもな」
「百八十センチに百五十センチくらいかな? 頭一つ分以上差があったと思うんだけど、ちゃんと相手の目を見て会話してるのが、微笑ましいなあって」
「ひゃくはちじゅう?」
 反芻し、自分が嫌になる。俺だって背は低い方ではないが、胸を張って高いといえるほどでもなく、要するに平均的な男子高校生程度だ。春が見かけた男性が長身かつイケメン、彼女付きならば、天は一人に二物も三物も与えるということか。
「……俺の背はこれ以上伸びねえぞ」
 半ばふて腐れたように俺が言うと、春の口からは思わぬ言葉が返ってきた。
「私、背の高さで付き合ってるわけじゃないもん」
 俺に与えられた唯一の宝物は、そう言ってにっこりと微笑んだ。しっかりと、俺の目を見て。
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