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Treasure Hunting

 夜、久々に犬を交えての散歩をするというので、俺は門田家に顔を出していた。
 獣医は後遺症が残るかもしれないと言っていたが、退院してきた犬は手術の痕さえ痛々しいものの至って元気。俺を見ると勢い良く尾を振って駆け寄ってきた。
 春の母さんに一声かけ、俺たちは公園へと散歩に出かけた。もちろん、今日の春はしっかりとリードを握っている。
「ほんと、元気になってよかったな。一時はどうなることかと思った」
「ね? 毛を剃ったあとはしばらくかっこ悪いままだけど、歩き方とかは前と変わらないの。……その節はご迷惑かけました」
 公園内を歩き回る犬の様子を気にしつつも、春は俺に向かってぺこりと頭を下げた。
 改めて思い出してみると、犬が事故にあった夜に俺がしたこと――着替えを持って行ったことはともかく、無理矢理迫ったり泣かせたり――は、礼を言われる部類のことではないような気がする。今さら蒸し返すのも気が引けて黙っていると、春はさらに、消え入りそうな声で何事かを呟いた。
「……んだからね」
「ん? 聞こえなかった」
「なんでもないよ」
「嘘だろ。今、確実に何か言ったじゃねえか」
「忘れて忘れて」
 あからさまに怪しい。
「ふーん、内緒にするのか。……俺に話せないようなことなんだ?」
「そ、そんなことじゃないけど」
「だったら言ってもいいだろ?」
 まあ、隠し事をしたところで俺にさんざんからかわれたあげく白状させられるのだからどうってことはない。それに、俺はこうしてちょっと困った春の顔を見るのが好きだ。間近で彼女のそんな表情を味わうのは、俺だけに許された特権でもある。
「やだ」
「言えって」
「……恥ずかしい」
 いったい何が恥ずかしいというのか、案の定、春は顔を真っ赤にして俯いてしまった。小さな勝利を確信し、俺は彼女の顔のすぐ横で「さ、どうぞ」と耳を澄ます。
 すると春は意を決したように息を吐き、しかしやはり蚊の鳴くような声で俺へと囁いた。
「あれ、初めてだったんだからね――」
 今度は俺が撃沈する番だった。
「は?」
「だから、その、キ」
「あーっ! 言わなくていい、言うな」
「何で? せっかく、頑張って喋ったのに」
「……どう反応していいか分かんねえだろ」
 春の声がくすぐったくて、俺は思わず耳を擦った。先ほどまでとは一転、夜目にも分かるほど赤面しているであろう俺を覗き込み、春が勝ち誇ったような微笑みを浮かべている。
「もしかして、照れてる?」
「照れてねえよ!」
「またまた、素直じゃないんだか――」
 言い終わる前に春を引き寄せると、彼女はわっと妙な声を上げつつ、軽々と俺の腕に収まる。やや汗ばんだ肌が触れ合って、互いの体温と鼓動がはっきりと分かった。
「素直になったぞ」
「……ほんとだ」
 見上げる春と目が合い、俺たちはどちらともなく吹き出した。ずっと見たかった笑顔、十年越しで追い求めていた宝物が、今この手の中にある。
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