five-star
始業式【6】
昼飯を食べ終わって嵩和と別れると、俺と春はペットショップへ向かった。自転車で春風を切って走ると、花々の甘い香りが花をくすぐった。風でかき消されないよう、大声で春に呼びかける。
「何を買うんだぁー?」
「いろいろたくさんー」
春も、声を張り上げて答えた。
(かさ張りそうだな……)
春の家まで二駅分の距離を、大荷物を抱えフラフラと自転車で移動する姿。俺は自分で言いだしたことながら、それを想像して憂鬱になった。
ペットショップと言われて大型量販店を想像していたのだが、春の案内で着いたのはこぢんまりとした可愛らしい店だった。半信半疑で観察する。看板には、花梨屋、とあった。
「『はななしや』?」
「ううん、『かりんや』。看板犬が花梨ちゃんっていうの」
「か、かんばんけん? ……そもそも、ほんとにペットショップなのか、ここ?」
「外見はあんまりらしくないけど、中は意外と広いしいろいろ揃ってるんだよ」
「ふうん……」
あんまり、どころか全くそうは見えない。一見女の子向け雑貨屋のような雰囲気で、俺のような典型的男子高校生は近寄り辛い。
「何してるの? 入るよ」
「……あ、はいはい」
躊躇無く店の自動ドアをくぐった春に続き、俺も店内へと入った。
「いらっしゃいませ!」
ドアが開いた瞬間、元気のいい女性の声が響いた。
「こんにちは、ミドリさん」
ミドリさん、と呼ばれたメガネの店員は、どうやら春とは顔見知りらしい。彼女はにっこり笑うと、ハスキーな声で春に話しかけた。
「よ、春ちゃん。今日は何?」
「ドッグフード、低カロリーのやつと……あと、ノミ用シャンプーを二瓶と、骨ガムを……三袋と……」
「そんなにたくさん一度に、大丈夫か? 持てなそうなら、宅配の手続きしてあげるよ」
親しげに会話する二人を後目に、俺は子犬のコーナーに避難した。女の話っていうものは、いつ終わるか分かったもんじゃない。
(荷物、よっぽど多いんだな……配達を勧められるなんて)
俺が諦めの境地でガラス越しに檻の中の子犬をからかっていると、足に生暖かいものが触れた。
「お?」
――ワン。
「お前が、看板犬か?」
不自然に足の短い犬――毛の長いダックスフントが、俺の足に鼻をすり寄せている。俺は、しっぽをパタパタ振る『花梨ちゃん』と思しき犬にターゲットを変えることにした。
しばらく花梨と(で?)遊んでいると、春とミドリさんがやってきた。ミドリさんは、開口一番「荷物持ちくん、気に入られたな?」と言った。
「花梨がずいぶん懐いてるぞ」
(何だ、この人は。初対面の相手に荷物持ちとは失礼な)
大方、彼女が悪いわけではなく、春のせいだろうが。俺は小声で春に抗議した。
「春! お前、どういう紹介をしてんだよ」
「荷物持ちの友人、って」
「おいおい……あのなあ」
「まあまあ、細かいことは気にしない。で、荷物持ちくんのお名前は何ていうんだ?」
俺の声を遮るように、ミドリさんは春のフォローをした。春があわてて俺を紹介する。
「えっと、桐島要くんです。私の幼なじみで、同級生なんです」
「かなめくん、ね」
俺が頷いてどうも、と言うと、ミドリさんは「そんなこと言って、実はラブラブじゃないのか?」と春の背中をばしばしと叩いた。春は視線を俺とミドリさんの間をを落ちつきなく彷徨わせ、そんなことないですよ、と困った顔をする。
さっきから思っていたが、この人は言葉や行動の端々が妙に男っぽい。さらに突っ込んで言うと、どことなくオヤジ臭い。力仕事の途中だったのか、汚れたエプロンと首に掛かった手ぬぐいがその雰囲気を増長させていた。
「遊んでもらったか? ご機嫌だな」
ボーっとそんなことを考えていると、ミドリさんは近寄ってきた花梨を抱き上げた。さすがに犬の扱いは手慣れたもので、花梨は満足そうな表情である。
(俺の時はあんな顔はしなかったよなあ)
そのままミドリさんと花梨を何となく眺めていると、彼女は視線に気付いたのか花梨を床に逃がし、後ろできれいにまとめた髪を揺らしながら頭を掻いた。
(照れてるのか?)
照れ自体は女の子らしいのだが、頭を掻く仕草はやはり男っぽい。
「私、妹尾(せのお)。ここのバイト」
「あ、はい。よろしく」
「この店、結構暇な日があるからさ。気軽に寄りなね。で、できれば何か買ってって」
ミドリさんはそう言って、大声で笑った。俺がこの店に来るのは春に付き合うときくらいしか無いとは思うが。ま、落ち込んだときに花梨をからかいに来るのもいいかもしれない。
なかなかの大荷物だった。ミドリさんは宅配にするようにと勧めてくれたが、春と俺は丁寧に断ると店を出た。
俺が大きな方の袋を自転車のカゴに詰めていると、春が思い出したように言った。
「ミドリさん、北高生なんだよ」
「き、北高? あの人が?」
北高といえば、我が県随一の進学校。俺にとっては雲の上。その印象はといえば『頭のいい人の行く高校』である。そう言われると、口を開かなければ(あるいは、身動きしなければ)知的なメガネっ子に見えないこともない。『オヤジ店員』からするとかなりの格上げだ。
「しかも三年生。……いろいろ大変なんだろうけど、でもバイトはやめたくないんだって」
「あ、俺らより年上なんだ。……受験ねえ」
悩める受験生にしては、悩みの無さそうな印象だったが。
「豪快な人だな」
俺は正直に感想を述べた。さすがに、彼女にかなり好意を持っているらしい春の前でオヤジっぽいとは言えない。春は苦笑しながら俺に同意を求めた。
「豪快っていうか……さっぱりしてて、いいお姉さんでしょ?」
「うーん」
「犬の話とか勉強の相談とかも、親身になって聞いてくれるし」
きっと、姉御肌なのだろう。気さくで面倒見が良さそうだし、春のようなおっとりしたやつにお姉さんとして慕われるのはよく分かる。
そうこうしている間に無事に荷物を積み終わり、俺たちは案の定自転車をフラフラさせながら家路についた。
-Powered by HTML DWARF-