BACK | NEXT | TOP

親しい間柄ですか?

16 CMの間に

「今日は、女性が男性にチョコレートを贈る日ですよね」
 そう言って、ファーは僕の目の前に小さな紙袋を突き出した。
 これは、と思わず喜びかけたものの、僕はすぐに心の中で首を振った。彼女は以前、好きな人がいると言っていたはずだし、何より、ファーが本命と義理、そもそもバレンタインの意味を知っているとも思えない。
「チョコチップクッキーです。レシピ通り正確に作りましたので、おいしいはずです」
 照れの一つもない真っ直ぐな彼女の目に、これは分かってないだろうと改めて思う。まあ、例え深い意味はなくとも、彼女から貰えたということだけでも嬉しいのだが。
「ありがと。甘いもの好きだし、喜んでいただくよ」
「それは、作って良かったです」
 手ぶらになったファーは、僕の言葉ににこりと笑った。その後もなぜかその場に佇んでいる彼女に、僕はたまらず声を掛ける。
「ん、どうかした?」
「……いえ、何も」
 では明日、と言い残して、ファーは教室を後にした。
 受け取った袋は、意外に軽い。何気なく振ってみると、お菓子の包みらしきものが乾いた音を立てた。普通に食べたら、三十秒かそこらでなくなってしまう量だろう。
 さて、どうしたものか――。
(499字)
BACK | NEXT | TOP

-Powered by HTML DWARF-