「君にとって俺ってどんな虫?」
昆虫マニアの彼の質問は、私には少し難しい。私の知っている虫の種類なんて、ほんの僅かなものだから。
「可愛いイメージだから、テントウムシ。星が七つのやつ」
私の答えに、彼はにやりと笑った。
「ナナホシテントウって肉食だって、知ってた?」
「あなたにとって私はどんな虫?」
俺は即答する。
「ナミアゲハ」
「どうして?」
「俺が一番好きな虫だから」
「……照れるんですけど」と、彼女は頬を染めた。
俺は思い出す。セーラー服とネクタイ――。白と黒だけの色彩にも関わらず、彼女は世界の何よりも輝いて見えたのだ。
「カブトムシ飼ってるんだ。もう何代も」
「何代も?」
「一年ごとに世代交代するんだよ」
彼女は目を見開く。
「ひと夏の命ってこと?」
「そうだね」
「……きっと、人と比べてすごく凝縮された時間だよね」
目から鱗が落ちた。長年飼っていたのに、俺はそんなこと思いもしなかったから。
「この金色の蛹はオオゴマダラ。日本じゃ、かなり南に行かないと会えないんだよ」
初デートに昆虫園を選ぶなんて、彼らしすぎて笑ってしまう。
「そうなの? じゃ、来て良かったね」
「うん。感激だよ」
虫たちを前にご満悦の彼。そんな彼の横顔を見上げ、ご満悦の私。
彼女は、蜂蜜がたっぷり染みたホットケーキを頬張っている。あまりに幸せそうなのでからかってやろうと、その顔を覗き込んだ。
「養蜂に使うミツバチは二種類いるんだ。それはどっちが集めてきた蜜だろうね?」
「美味しければどっちでもいいよ」
今日のところは俺の負けだった。
彼女が初めて俺んちに来た。怪しい飼育ケースやマニアックな昆虫図鑑は押し入れに待避させ、準備は万端。
「散らかってるけど、入って」
「ううん、片付い――」
部屋を見回した彼女はなぜか真っ赤になって俯く。その視線を追い、隠し忘れた大人向け写真集を見つけた俺は、短く叫んだ。
「雪虫が飛んでる!」
「雪虫は、実はアブラムシの仲間なんだ」
「アブラムシとか聞くと、テンション下がる」
彼女は上目遣いで俺を睨んだ。失言に気付いた俺は慌ててフォローする。
「雪虫ってことは、もうすぐ初雪かな。一緒に見たいね」
「うん!」
どうやらご機嫌は直ったようだ。
彼が物憂げにため息をつく。
「付き合い始めた頃を思い出した」
「失恋した私を慰めてくれたよね?」
「……捕えてやるって下心で、罠を張ってた。まるでジョロウグモだね」
自嘲する彼に、私は告げる。
「そんなのわかってたよ」
彼が顔を上げた。
「それでも私はあなたがいいと思ったの」
「うわっ!」
不意に奴が姿を現し、俺は後ずさる。
「どうしたの?」
「俺にも苦手な虫ってのはあるわけで」
「意外。何がダメなの?」
「実は、ゴ」
「やだ、ゴキブリ!」
彼女は言うが早いか、持っていた雑誌を丸め、一撃で奴を仕留めた。片付け終えて微笑む。
「……で、何が苦手なの?」
「虫オタクって、キモいよな」
冷えた言葉が私を、そして彼本人の心をもえぐる。
「ナミテントウは、紋無し、二紋、四紋、十九紋――模様が違ってもみんなナミテントウなんだ。俺も、皆が部活頑張るように、好きなことしたいだけなのに」
「私は、好きなことしてるあなたが好きだよ」