虫めづる 11-20

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 居心地のいい繭

 当時、恋が壊れたばかりの私に彼は熱っぽく語った。
「君は多分、まだ蛹なんだよ。今は繭の中で変わる準備をしてるんだ。時がたてば、今の気持ちも羽化の糧になるよ」
 意味不明だった言葉は、彼と付き合い始めて分かるようになった。蛹の日々は楽しすぎて、羽化は先送りされている。


 トノサマバッタ  [バッタ目 バッタ科]

「トノサマバッタはさ、群生相と孤独相ってのがあって」
 彼は指で大きさを示しながら言う。
「群れになると体が小さく、翅が長くなるんだ。集団で移動しやすいように」
「みんなで渡れば怖くないって感じ?」
「そうかもね。でも、俺は孤独相でいたいかなあ」
「それ、あなたらしいよね」


 エラートドクチョウ  [チョウ目 タテハチョウ科]

「君の服って、ナチュラルで毒がなさそう」
 何それ、と彼女は首を傾げた。
「例えばドクチョウみたいに毒がある虫は、派手でおいしくなさそうなんだ」
「じゃあ私はおいしそうに見えるのかな」
 無邪気にそんなことを言う。俺としては旨くてもまずくても毒があっても全然構わないのだが。


 日課

「珍しい。今日はチョコ食べないの?」
「期末まで好きなもの断って頑張るんだ」
 偉いね、と彼は褒めてくれた後、肩を竦めた。
「俺にはそんなストイックな生活、無理」
「やっぱり、虫の観察はやめられないの?」
「虫の世話は日課だしね。……俺がやめられないのは、君に会うことかな」


 オオミノガ  [チョウ目 ミノガ科]

「うちは昨日、コタツ出したよ」
「俺は寝袋出してきた」
 彼女はきょとんとして「家の中で寝袋?」と言う。説明は待って、と止められた。
「虫好きの考えること、当ててみせるから」
「当たらないだろ」
 余裕の俺に、彼女はしばしの思考の後、高らかに言った。
「ミノムシ!」
「……正解」


 キイロカワカゲロウ  [カゲロウ目 カワカゲロウ科]

「喉、渇かない?」
 夜道で立ち止まった彼女は、自販機の前で財布を探っている。
 俺は品揃えを見る振りをして、その照明に集まる虫たちを愛でる。しかし、ボタンへと伸ばした彼女の指の先では、カゲロウが潰される時を待っていた!
「駄目だ!」
「え? 何? コーラ嫌いだった?」


 見つめ続ければ

「何でそんなに虫が好きなの?」
 彼は考え込んだ後、言った。
「他の人が気にしないことが、俺には気になるってだけ。一旦、いろんなものが棲んでることに気付くと、見逃すのがもったいなくて」
「あ、分かる。で、ずっと見てるうちに、いつの間にか好きになってるってこと、あるよね」


 約26.67寸

「一寸の虫にも五分の魂って言うよね。じゃあ、人間の魂ってどれくらい?」
 私の言葉に、彼はすらすらと答えた。
「一寸は3cm、五分が1.5cmだから、魂は体長の半分か。君は160cmだから、魂は80cm。意外と大きいね」
「凹んでたんだけど、何かちょっと元気出ちゃった」


 ニホンミツバチ  [ハチ目 ミツバチ科]

「一頭のスズメバチに、何十頭ものミツバチが群がって倒すんだ」
「ミツバチすごいじゃん」
「でも俺は、強いスズメバチに憧れるんだ」
「私は、あなたはミツバチでいてほしいな」
 彼は、意表を突かれたのか目を丸くしている。
 強くなくても勇ましくなくてもいい。ただ、甘くさえあれば。


 スズムシ  [バッタ目 コオロギ科]

「ちょっと貸して」
 彼女はイヤフォンを片方奪い取り、自分の耳にあてがう。「流行ってるやつかあ」と、いかにも残念そうに俺に返してきた。
「何でがっかりしてるの?」
「スズムシでも聞いてるのかと思って」
「……いくら俺でもそこまではしないよ」
 まあ、セミの声なら入れているが。


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