虫めづる 261-270

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 オオニジュウヤホシテントウ  [コウチュウ目 テントウムシ科]

「そこがオオニジュウヤホシテントウとニジュウヤホシテントウの違い」
「うん」
 彼女はなぜか困り顔だ。
「ほら、こっちの方が、この斑点とこの斑点が近いだろ?」
「近すぎ、かな」
気付けば、吐息がかかるほどの距離に彼女の唇。もっと近づきたいけど、さて、そんな種はいただろうか。


 カネタタキ  [バッタ目 カネタタキ科]

「かわいい鳴き声」
「カネタタキだな」
 オスは鳴くためだけの小さな翅を持つ。一方で、メスの翅は退化して失われている。彼女は「悲しいね」と微笑んだ。
「メスを呼べれば充分だろ?」
「私なら、一緒に謳いたいと思うから」
 ああ、と俺は目を見開く。
「俺も今、初めてそう思えたよ」


 チャバネフユエダシャク  [チョウ目 シャクガ科]

「何してる?」
『紅白見てた』
 てっきり虫がらみの年越しでもするのかと思いこんでいた。そう言うと『俺を何だと思ってるわけ』とぶすりとした返事。
『年末年始は普通に過ごすよ』
「じゃあ初詣行かない?」
『いいねえ』
 一息おいて彼が一言。
『フユシャクを探すかな』
「ですよねー」


 キタキチョウ  [チョウ目 シロチョウ科]

 彼女が、ぼんやりと俺を見た。
「キタキチョウ」
「は?」
「この雪の中、どうしてるかなって」
 冬眠から覚めたチョウに思いを馳せる憂い顔。悲しげに伏せた瞳もいいけれど。
「雪が溶けたら探しに行くか」
 頷く笑顔の眩しさの方が、春には相応しい。


 バタフライエフェクト1

 チョウのはばたきのように小さなきっかけが、連鎖を重ねて大きな変化に繋がるという。
 君の恋人になっていなければ。放課後、勇気を振り絞って声を掛けなければ。あのとき君が泣いていなければ。
 君があいつに失恋しなければ。
 俺の思考は真っ黒にどろりと濁り、いつもそこで終わる。


 バタフライエフェクト2

 バタフライエフェクト、と彼が呟いた。何それ、と尋ねても薄っぺらい笑いが返ってくるだけ
 いつかの放課後、声を掛けてくれた彼を思い出す。夕日で赤く染まる、必死な顔。私はあの真摯な眼差しに救われた。
 今度は私の番なのだと、拳をぐっと握る。
「……ねえ、聞いてくれる?」


 自慢

 明け方、通知音にスマホを弄れば彼からのメールだ。緊急事態かと飛び起きる。
 件名も本文もない。添付写真を開くと、自撮りだ――美しい、大きな蝶を持った。
 『すごい』と返信すると『だろ?』と即答。自慢げに笑う顔が浮かんで目が冴えてしまった。
 こんな時の彼は本当に可愛いのだ。


 ニイニイゼミ  [カメムシ目 セミ科]

 机上に、彼の『抜け殻コレクション』が並ぶ。
「これだけ、土まみれ」
「ああ、ニイニイゼミ」
 ほら、蝉の俳句、と彼。
「……松尾芭蕉?」
「そう。それ、こいつなんだ」
 途端に、歌が詠まれた時期に鳴いてる蝉は、と滔々と話し出す。古文は苦手、蝉は得意。私はこっそり微笑む。


 アオバアリガタハネカクシ  [コウチュウ目 ハネカクシ科]

 彼が折り紙と格闘している。それ何、と尋ねれば「ハネカクシの翅」。虫の羽の畳み方を再現したいらしい。幾筋もの折り目でよれた紙に、試行錯誤が見える。
「俺、こういうの全然できなくて」
「じゃあすごく頑張ったんだ」
 ぐしゃ、と紙が握り潰される音。
「私も一緒にやりたいな」
「喜んで」


 検索表

 彼は図鑑を捲る。開かれた頁にはフローチャート。
「『前翅の褐色紋が2列』だから、こっちの矢印に」
「順に辿れば虫の種類が分かるの?」
「うん。……人の心もこんな風に分かれば楽なのに」
 俺、苦手でさ、と彼。
「でも、沢山時間かけて知ってもらうのも、私は嬉しいけどなあ」
「頑張ります」


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