five-star

NEXT | INDEX

1 正午

 高校二年になって、はや一月半。2−Cは、担任の「面倒くさいから」という至極勝手な意見で、未だ席替えが行われない。相変わらず、俺の隣には春、後ろには嵩和が座っている。

 葉桜の緑が目に鮮やかになってきた。
 何をするともなくだらだらと週末を過ごし、日曜のお昼前。俺は、自分の部屋で途方に暮れていた。
 ――あれ。おかしいな……無いぞ?
 数学の先生は確か『月曜日、プリントを元にテストをするからな』と、言っていたはずだ。しかしカバンに入れて持ち帰ったと思っていたわら半紙は、いくら探しても出てこない。カバンをひっくり返そうにも、もともと俺のカバンは限りなく空に近いのだ。筆記用具とノートを取り出すと、すぐに底が見えてしまった。他の教科ならともかく、よりによって俺の苦手な数学である。
 一夜漬けでも対策を講じなければ赤点間違いなし。
 ということで遅めの朝食後、一息ついたところで取りかかろうとしたのだが、これだけ探しても無いなんて。
 カバンを調べ尽くした俺が部屋のあちこちを探していると、不意にノックの音がした。ほとんど間を置かずに開いたドアから顔を出したのは、母さんだった。
「要、電話。門田さんのとこの春ちゃん」
 俺は眉をひそめた。春から電話なんて、何年ぶりのことだろう。
「何の用か聞いてない?」
「それくらい、自分で聞きなさいよ。ほらほら、早く出て」
「はーいはいはい」
 電話のもとへと急ぎながら、俺は何だか嫌な予感がしていた。きっとろくな用事ではない。
「もしもし」
『あ、要。春だけど……』
「珍しいな、お前が電話なんて」
『そ、そう?』
「いや。ま、それはいいとして、何?」
『……あのね。……えっと……要、数学の――』
「やっぱりお前か!」
『ごめーん』
 聞いてみると、思った通り。その的中ぶりに、呆れることを通り越して思わず微笑んでしまったほどだ。もちろん嬉しかったわけではなく、単に顔が引きつった結果である。
『ごめんね……今、明日そういえばテストだったー、と思ってカバンを開けたら……』
「二枚入ってたんだろ?」
『……そう』
「俺なんか、おかしい、無いぞ、と思って今日はずーっと探してたんだぞ。まったくお前ってやつは……」
 ――このボケっぷり、昔のまんまだな。
 俺の胸中を知ってか知らずか、受話器の向こうの春は大まじめな反応を示した。
『え? ほんと?』
 ずっと探してた、というのはまあ誇張表現だ(なにしろさっき起きたばかりなのだから)。が、春が俺の分まで持って帰ってしまったというのは間違いないようである。これくらい言わないと、気が済まない。
『……ほんとにごめんなさい。……で、これ……どうしたらいいかな?今から要の家に行こうか?』
 届けてもらいたいのはやまやまだ。というか、間違えて持って帰った方が悪いのだから、それが当然だとまで思う。が、春が我が家に来るよりは、俺が彼女の家を訪ねた方が明らかに時間の短縮になりそうである。
(俺と春じゃ、移動速度が違うからな)
「いいや、俺がそっち行くよ」
 一応悪いとは思っているらしく、申し訳なさそうな声が聞こえる。
『え、でも……』
「どう考えてもその方が早いだろ。昼飯食べたら行くから」
 さっき朝飯を食べたばかりだが、腹時計は昼食の時間を告げていた。若いというのはいろいろ厄介である。
『……ありがと。じゃ、待ってるね』
「おう。じゃあな」
 そう約束して電話を置くと、横で立ち聞きしていたらしい母さんが俺に話しかける。まるで待っていたかのようなタイミングだ。
「何、これから春ちゃんとデート?」
「違うよ」
「デートね?」
「ち・が・い・ま・す。……俺、飯食ったらちょっと出てくるから」
 まったく、嵩和といい母さんといい、何でそう短絡的に結びつけるんだか。俺はお節介な周囲に腹を立てつつ、春の家へと自転車を漕いだ。
NEXT | INDEX

-Powered by HTML DWARF-