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2 午後1時

「そうそう、これだった! ……ったく、今度からは気を付けてくれよなあ」
 春の部屋のテーブルの上に載ったわら半紙を見て、俺はため息をついた。それは、まさしく俺が探していた例のテスト対策問題だった。
「ほんとにごめんね」
 部屋の主はさっきから俯いて、いかにも申し訳なさそうにしている。あまりに典型的な『申し訳なさそうなポーズ』なので逆に胡散臭くも見えるのだが、春はそういうひねくれた奴ではないから、本当に反省しているのだろう。俺としてはとりあえず一安心である。しかし、これからこの問題を解いて明日に備えなければならないのだ。
「じゃ、俺帰るわ」
 早々に退散しようとした俺を、慌てた声が引き留める。
「え。お茶くらい飲んでったら?」
「いや、これから一夜漬けが待ってるしな」
 すると、春は妙な笑いを浮かべた。こいつも嵩和のように、ポーカーフェイスが出来ない性質である。
「……何、考えてる」
「……あのね、できればね。少し、教えて欲しいんだけど」
「無理」
 正直言って俺が教えて欲しいくらいだ。よって、俺は即答した。
「……えー」
 案の定、春は思い切り口を尖らせ、明らかに不満そうな顔をする。
「断るにも、もっと言いまわしを考えてくれればいいのに」
「あのなあ。考えてもみろよ」
「なに?」
「数学が得意だったら、わざわざこれを取り返しに来るまでもないだろう?つまり、俺にはお前に勉強を教えるほどの余裕は無いということだ」
「そっか。うーん……あ、でも要がそんなに苦手なら、二人の方がはかどる……かも?」
「ま、そりゃそうかもしれないけど」
「ダメかなあ? ……私も、できないことはないと思うんだけど、あまり自信無くて」
 確かに、俺ひとりでは無理でも、二人がかりでやれば解けるものもあるかもしれない。このまま帰っても、嫌々ながらのテスト勉強に身が入らないのは目に見えている。実際、一夜漬けが心細いのも事実だ。
 ――教えてもらえるなら、俺が助かるかな。
 割とすんなり心が決まった。
「どう?」
「わかったわかった。お前独りじゃ心配だし、道連れになってやるよ」
 素直に従うのも悔しいので、わざと恩着せがましく言う。
「……ありがと、助かる。なんとなく、素直に有り難がれない言い方だけど」
 春は、じゃあお茶でも入れてくるよ、と俺を残して出ていった。

 取り残された俺は、少しの間例のわら半紙を眺めていたが、それもすぐに飽きた。もう、彼女がお茶を取りに行ってから結構経っている。春は見た目どおり少しトロいところがあるから、何かで手間取っているのかもしれない。
 ――暇だ。
 手持ちぶさたなので、春がいなくなった部屋を何ともなく見回す。几帳面に片付けられた机、きちんとかけられたベッドカバー。本やCDは整然と棚に並べられている。過度に女の子っぽくないあたりも含め、春らしい部屋だ。たとえ、ここで何か女の子らしい、色っぽいモノを見つけたとしても、純情な俺としては困ってしまう。仮にも俺は年頃の男子高校生だから、何も期待していなかったわけはないのだが……。
 ――ダメだ、ダメだ。
 俺は、浮かんだ考えをすぐに打ち消した。色気も何もあったもんじゃないだろ? 他の誰かならともかく、春だぞ?
 でも、嵩和は可愛いって言ってたっけ。始業式当日、嵩和にそう言われ改めてよく見てみたが、確かに顔立ちは可愛くないわけではない。
 ――けど、外見はともかく中身がこのボケっぷりだしなあ。
 実りのない思考を振り切ろうと、俺は数学の教科書と参考書を求め、本棚を眺めた。と、生物の参考書のとなりに明らかに場違いな本があるのを見つけた。
「……?」
 そこには大学生が読むような専門書。それも、一冊だけではない。『気象学への招待』『雲と虹』『空の事典』『お天気ウオッチング』……。
 ――天気の本? なんだこりゃ?
 去年、理科は生物と地学からどちらか一科目選択だった。春は俺と一緒で、生物を選んでいたはずだ。たとえ地学を選択して気象を学んでいたとしても、こんな難しそうな本を高校の授業で使うはずがない。中の一冊を棚から抜き出し、ぱらぱらと捲る。女の子好みの奇麗な写真に詩が添えられたものだ。さしずめ、天気の写真集といったところか。
 ――気象予報士にでもなるつもりか、あいつは。
 かいま見たページの何かが、心に引っかったような気がした。しかし、そんなことも春の「お茶とお菓子だよー」という言葉で、その時は忘れてしまった。
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