虫めづる 51-60

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 ツバキシギゾウムシ  [コウチュウ目 ゾウムシ科]

 『ツバキシギゾウムシは長い口で椿の実に穴を空け、卵を産む。椿は実の中央にある種を守るため、進化して実を厚くする。すると、ゾウムシの口も更に長く進化する』
 私達に似ている。本当の彼に辿り着いたと思っても、違う彼が奥に見え隠れ。
 私も口を長くしなくちゃと唇を尖らせる。


 四月の馬鹿

 エイプリルフール。
 どうにかして彼女を驚かせたいが、俺には上手い嘘を考える才能なんかない。下手な嘘なら自信があるのだが。
 彼女を捕まえて、試しにやってみることにする。
「俺、虫好きをやめようかな」
「そんなの、あなたらしくなくて好きじゃない」
「それって、嘘? ほんと?」


 オオミノガ 2  [チョウ目 ミノガ科]

 街路樹の雪が解けてから若葉が芽吹くまでの間は、やけに簑が目立つ。
「ミノムシって蛾?」
「ガの幼虫。雌は一生ミノから出ない種もあるけど、雄の方が来てくれるから事足りるらしいよ」
「彼氏選べないじゃん。私はやだな」
 なるほど、では俺は彼女に選ばれたのかと喜びを噛み締める。


 セミタケ  [ボタンタケ目 バッカクキン科]

 キノコ図鑑。彼が読み耽っている本のタイトルだ。虫からキノコに鞍替えしたのか。
「キノコ狩りでも始めるの?」
 私が尋ねると、彼は申し訳なさそうに開いていたページを示す。しばし絶句した後、私は何とか声を絞り出した。
「……蝉からキノコ、生えるの?」
「一応、虫でしょ?」


 クロアゲハ  [チョウ目 アゲハチョウ科]

「俺、チョウだけは飼わないことにしてる」
 夕空を舞う黒蝶を見つめる彼はひどく悲しげだ。
「昔、狭いケースで羽化させて、羽が折れ曲がったチョウにした。飛べないチョウほど切ない生き物はないよ。……君はどう?」
 私は彼と一緒ならどこまでも飛べるだろう。
 ――そう、伝えよう。


 ツチハンミョウ  [コウチュウ目 ツチハンミョウ科]

 珍しく、虫に手を出さず見送る彼。
「捕まえないの?」
「毒を持ってる。触るとかぶれるんだ」
「過激だね」
「身を守るためだからね。他にも、体を棘だらけにしたり、臭いで驚かせたり。まったく無防備で生きてるのは俺くらいだよ」
 そんな彼に勝てない私。毒でも溜め込んでみるべきか。


 ガガンボモドキ  [シリアゲムシ目 ガガンボモドキ科]

 俺が持参したケーキを旨そうに頬張る彼女。それを眺めながら、オスがメスに餌をプレゼントして、食事の隙に襲う――そんな虫を思い出す。
 「何?」と、食べ終わった彼女は不思議そうに首を傾げた。
 俺は伸ばした手を慌てて引っ込める。ホールで持ってこないと、時間が稼げそうにない。


 ハルゼミ  [カメムシ目 セミ科]

 彼は録音機器の点検中だ。何に使うの、と問うと、「そろそろセミの季節だから」と言う。鳴き声を録るらしい。
「セミって夏じゃないの?」
「ハルゼミってのがいるんだよ」
 まだ肌寒い中、セミも彼もすでに活動を始めているのだ。私も負けてはいられないと、春服のチェックに勤しむ。


 飾らずにはいられない

 店先で彼女が勧めるのは、普段の俺なら手にしないであろうカラフルなシャツ。
「派手すぎない?」
「虫って雄の方が綺麗なんでしょ?」
 今日のために予備知識を仕入れたらしく、彼女は余裕の表情を見せる。
「大丈夫、似合うよ」
 笑顔に負けた俺は、着飾らざるを得ない雄の性を悟った。


 ウスバシロチョウ  [チョウ目 アゲハチョウ科]

「透き通ってて綺麗!」
 彼女が眺めているのはウスバシロチョウの標本だ。
「蝶の羽はもともと透明で、鱗粉に色が付いてるんだよ。そいつは鱗粉が少ないやつ」
「下手に隠さないほうがいいのに。……色々と、ね?」
「お、俺には秘密なんか」
「本当に?」
 何がバレたのか、必死で考える。


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