虫めづる 71-80

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 ヤマトタマムシ  [コウチュウ目 タマムシ科]

 彼と日本史の勉強会、ときどき虫。
「玉虫厨子(たまむしのずし)は、ヤマトタマムシの羽で作られてるんだよ」
「何でタマムシなの?」
「タマムシの羽は半永久的に変色しないんだ。昔の人も知ってたのかな」
 死してなお褪せない存在なんて、私には想像もつかない。
「虫ってすごいのかも」
「だろ?」


 ミンミンゼミ  [カメムシ目 セミ科]

 うだるような熱気に、彼女は汗を拭きながら言う。
「暑いのはともかく、セミの声が許せない」
「許す許さないの問題?」
「暑さが倍増するから嫌い」
「じゃあ今日の体感温度は70度か」
 彼女は早足で俺を置いていく。
 俺はといえば、彼女のハンカチの可愛らしさに感動したりしていた。


 バナナ黒糖トラップ

 不機嫌な彼。原因は親子喧嘩らしい。
「朝から怒られてさ。焼酎を少し貰っただけなのに」
 真面目な彼だけに、私は目を丸くする。
「呑んだの?」
「黒糖と混ぜてバナナを漬け込んで――」
「……虫の餌ね」
 飲酒ではなくて私はほっとしたけれど、お父さんは怒っただろうな、と思った。


 ジガバチ  [ハチ目 ジガバチ科]

 太陽が俺を容赦なく焼く。女子は着替えに時間がかかるというのは、どうも本当らしい。
「お待たせ」
 振り向くと水着姿の彼女。ジガバチのようにくびれた腰が、実にけしからん――いや、見とれている場合じゃない。昨日、呆れるほど練習してきた台詞を披露するんだ。
「に、似合うよ!」


 虫の音

 夕闇が降りてくると、窓からは熱気と入れ替わりに心地よい風が入ってきた。虫の声で、残りの夏がわずかだと気付かされる。人恋しい季節の足音が近づいてきているのだ。
 ――と、そこで携帯が鳴る。彼女からだ。
「何だか寂しくて電話してみたの」
「俺もちょうどかけようと思ってた」


 蜻蛉玉

 家族旅行のお土産、と彼がくれたのはストラップ。少しいびつなトンボ玉は、彼が好きな青みがかった緑色だ。
「もしかして手作り?」
「やっぱ分かる?」
 彼は照れ臭そうに頭を掻く。
 トンボ大好き、特にオニヤンマが大好き、そしてオニヤンマの眼鏡の色が大好き。証拠は揃っているのに。


 ヒメウラナミジャノメ  [チョウ目 タテハチョウ科]

「あれ、蛾?」
 彼女が示す先には、跳ねるように飛ぶ茶色い影。
「いや、蝶」
 だって茶色いよ、と首を傾げる彼女。
「茶色い蝶も、綺麗な蛾もいるよ。チョウとガは触角の形が違うから捕まえれば分かるさ」
「あ、人も捕まえてみないと分からないときってあるよね」
「……俺のことか?」


 ヒトスジシマカ  [ハエ目 カ科]

「腕、大丈夫?」
 彼女は俺の腕をさすってそう言った。
 蚊に刺されて無残な凹凸を晒す腕。平気だというアピールをしばし考えた後、俺は口を開いた。
「代謝がいいと刺されやすいって言うし、俺が若くて元気な証拠かなって」
「……全然刺されてなくてすいませんねえ」
「怒るところ?」


 身長差ゼロ

 今日はなぜか目線が彼女と一緒だ。
「背、伸びたのか?」
「いつもの靴よりヒールが高いの」
 その3cmが、俺にとっていかに重要なことか。動揺のあまり思わず口走る。
「オ、オスが小さくて小回りが利くほうが、子孫を残すには有利なんだぞ!」
「……今度からはぺたんこ靴にするね」


 ノシメトンボ  [トンボ目 トンボ科]

 彼女の隣で見上げると、二頭連なったトンボの群れ。赤い身体が澄んだ秋空に鮮やかだ。
 無言で手を差し出すと、彼女はからかうように言った。
「珍しい。いつもは嫌がるのに」
「たまにはいいかなと思ったんだ」
 少し間があって握り返してくれる、俺より小さな手。
「いつもでもいいよ」


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