[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
「これ、どう?」
初詣の待ち合わせにやって来た彼女は、いつもの制服とは違う艶やかな和服。その姿を何に例えようかと悩んだが、どんな虫も今日の彼女には敵わない。
「すごく、いい」
「嬉しい」
照れて色づいた頬から目を逸らす。彼女に見合う虫を見つけなくては、会話も出来ない。
虫を取り上げてしまったら、彼はきっと生きていけない。では、私がいなくなったら、彼はどうなるだろう。
『昆虫と私、どっちが大切?』
あのね、と言いかけて飲み込んだ。
標本箱を磨く彼の横顔。
どっちも大事と言ってくれるのが一番嬉しい。趣味に一途な姿こそ、私が好きな彼なのだ。
「今年は雪が多いとは思ってたけど、こんなにとはね」
「大雪、知ってたの?」
「カマキリの卵の位置が、すごく高かったんだ。雪に埋まらない場所を選んだのかな、って」
私は思わず、道路脇に積まれた雪の山に目をやる。
虫の知らせか、母の本能か。底知れない何かを、虫は持っている。
「カマキリだけは飼うなって、親が」
彼はげんなりとした顔で言った。何かやらかしたんだろうとは思いつつ、尋ねてみる。
「何で?」
「昔、秋に採った卵を親に見つからないように箪笥に隠したんだけど、俺はそれっきり忘れちゃって。春に母さんが引き出しを開けたら――」
「やめて!」
彼の部屋で見つけた謎の袋。
何これ、と聞くと、彼はにやりと笑って袋を開けた。中から出てきたのは棒と金属の輪。
「棒を伸ばして、先に輪を付けると?」
「虫採り網!」
「携帯用のね」
勢い良く振った網に入ったのは、私。
「……捕まえた」
身動きが取れない私を見て、彼はまたにやり。
すっかり葉を落とした林で、冬越しする蛹を見つけた。スジグロシロチョウにスミナガシ、そしてナミアゲハ。
そういえば、ずいぶん前に彼女は言った。
「私、まだ蛹だから」
いつか羽化したら、俺の前から飛び立ってしまうのだろうか。
「いつ蝶になるの」
尋ねる勇気は、俺にはまだない。
「タイコウチは水中でも息ができるように、生まれつきシュノーケルを装備してる」
「ふーん」
「ガムシは翅の下に空気を溜めて、ボンベ代わりにする」
「うん」
「ゲンゴロウの脚は、オールの形だ」
「へえ」
「残念ながら、俺は人間だからどれも持ってない」
「プール、行きたくないの?」
彼から生物の図表集を借りた。ミツバチやシロアリに関する解説と写真のページに付箋が貼ってある。
彼らしい、と図表越しにこっそり見たつもりが、なぜかしっかりと目が合った。行動パターンを読まれているらしい。
「社会性昆虫のことなら何でも訊いて」
読んでいる場所までお見通し。
『俺好みのスイーツがある』と、彼が気にしていたお店を覗く。
カブトムシをはじめ、アゲハにハチ――昆虫たちを精密に再現したお菓子は、確かに彼のど真ん中だ。
けれど、賭けてもいい。バレンタインに贈ったとしても、きっと彼は食べずに取っておく。
「美しすぎて食べられない」と。
下草の上で冬を堪えていた蝶の姿が、今日はない。吹雪で飛ばされたのか、雪に埋もれてしまったのか。
彼は言う。
「それも自然の摂理だろ」
私は雪を掻き分ける手を止めて呟く。
「かわいそう」
隣で腕組みしていた彼も「手伝うよ」と雪に手を突っ込んだ。
そういうところ、嫌いじゃない。