虫めづる 161-170

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 カブトムシ2  [コウチュウ目 コガネムシ科]

 カブトムシの蛹は、土中の部屋に他の虫を寄せ付けないシグナルを発するという。
 他人と接触することを避け、深く潜っていた俺。その部屋の壁を彼女は難なく壊してしまった。漏れた光の中に、俺を導く彼女の手がくっきりと浮かび上がる。
 地上は苦しいけれど、ときにとても甘い。


 エビガラスズメ  [チョウ目 スズメガ科]

「horned worm?」
「角のある芋虫。スズメガの幼虫だな」
 訊かれたので訳したが、彼女は渋い顔だ。
「意味は分かるよ。何のための角?」
「まだ謎らしい。謎を解き明かすのも虫好きの楽しみだよ」
「ついでに恋愛の謎も解明して」
「それは俺じゃ無理」
「じゃ、私となら?」


 ハッピーハロウィーン!

「お菓子をくれなきゃ悪戯するよ」
 彼はにやにやが止まらない様子。
「例えば――」
「例えばハロウィンだから南瓜の害虫の名前を並べてみるとか? さらに害虫図鑑の南瓜のページを開こうとしているとか?」
 たたみかける私。彼は下唇を噛んでいる。
「はいお菓子」
「……嬉しくない」


 やるなら徹底的に

「アゲハチョウは、産卵する草を脚の先で調べるんだって」
「ふうん」
 彼女が俺の頬に手を添える。
「前脚で触れて、特定の物質があると分かったら産卵する」
「ふうん」
 人差し指が頬に食い込む感覚。
「つまり、味を見分けてるんだ」
「ふうん」
「味見はしてくれないのか」
「……ばか」


 ジンサンシバンムシ  [コウチュウ目 シバンムシ科]

 待ち合わせの図書館で、彼は図鑑を読んでいた。
「本の虫ね」
彼はページを捲り「本を食う虫はこれ」と言う。
「death watch beetle。死への時を刻む虫」
「怖い」
「虫同士が交信する時のコチコチって音が時計に似てる。……僕の時計だと、君は大遅刻だな」
「ごめん」


 ナミテントウ2  [コウチュウ目 テントウムシ科]

「冬眠したい」
 暖を求めて手を擦り合わせる私を、彼は「熊か虫だな」と笑う。
「冬越しならテントウムシを見習えよ。俺もあんなふうに眠りたい」
「どうやって?」
 彼は一瞬だけ私を抱き寄せ、すぐに離れた。
「こうして春までずっとくっつく」
 私の頬に熱がのぼる。これは確かに温かい。


 初雪モザイク

 湿り気を帯びた白い塊で斑になった通学路。
 彼はふて腐れたように「雪だ」と呟く。昆虫たちが眠りにつく季節、虫マニアはさぞ寂しかろう。
「いや。別に、寂しくはないよ」
「でも、虫はいなくなっちゃうんだよね?」
「だって君がいるだろ?」
 彼の頬が赤いのは寒さからか、それとも。


 目覚める異能

「瞬間的な時速は150キロ」
「何が?」
 眉を寄せた彼に構わず、私は続ける。
「危険を感じたときのIQは340以上とか」
「賢いな」
「実は、あなたの嫌いな――」
 名を教えようとしたときには、彼はどこかへ駆け去っていた。ゴ(略)が嫌いな人間にも、ある種の能力はありそうだ。


 琥珀の孤独

 彼女はガラスケース越しに琥珀を眺めている。
「中に虫がいる」
「元は樹脂だから、まだ柔らかいうちに閉じこめられたんだろ」
 浪漫だな、と言おうと彼女を見ると浮かない顔だ。
「寂しいよね」と彼女は呟く。
「何千万年もずっと独り。……私が琥珀になるときは、あなたと一緒がいいな」


 ウスタビガ  [チョウ目 ヤママユガ科]

 冬の林で見つけた大きな空繭。そっと枝からはずして耳に当てると、ひゅうひゅうと風の音がする。
 虚ろな繭は俺のようだ。
 何でもいい、何か聞こえて欲しい――さらに耳を澄ますと、聞き覚えのある声。
「どうしたの?」
 振り向くと彼女が立っていた。俺は中身を得て彼女と帰路につく。


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