虫めづる 221-230

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 ぐるぐる

 ぐるぐる。彼は人差し指を回す。
「何してるの」
 ぐるぐる。
「こうすればトンボみたいに捕まえられるかも」
 ぐるぐる。
「いつ捕まえてくれるの」
 ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。
「ずっと機会を窺ってんだけど」
「逃げちゃうよ」
 指がぴたりと止まった。
「じゃ、今すぐ俺のものになる?」


 イボタガ  [チョウ目 イボタガ科]

「水風船、水ようかん、打ち水」
「涼しい涼しい。ほかには?」
「水割り」
「未成年だからダメ」
「水滸伝」
「燃えるよね」
「スク水」
「……萌えるよね」
「水柱、水鉄砲、水中眼鏡」
「海に行きたいな」
「水蝋蛾」
「いま蛾って言った?」


 ハンミョウ  [コウチュウ目 ハンミョウ科]

「ぶちねこ!」
「いや、これは」
 斑猫――ハンミョウと読むのだと訂正する間もなく、彼女は語り始めた。
「斑模様の日本猫って可愛いよね」
「あ、うん」
「でも意外。あなたも猫好きだなんて。虫だけが好きだって勘違いしてたから、嬉しいな」
 まあいいや。俺は今日から猫好きになろう。


 トウキョウダルマガエル  [カエル目 アカガエル科]

「トウキョウダルマガエル」
 クルルルという鳴き声に、彼は耳を澄ましている。虫だけでなく蛙も好きなのか。そういえば蛙は虫偏だ。そう言うと、彼は首を振る。
「生き物全般好きなだけ」
「その中で虫が特に好きってこと?」
「もっと好きな生き物もいるけどな」と、彼は私を指差した。


 こどもごころ

「私も子どもの頃は虫とか生き物、平気だったんだけど」
「大人になると、好奇心より苦手って心が勝っちゃうらしいぞ」
「気持ち悪いって思っちゃうんだね」
「だとしたら、俺はまだまだ子どもってことなんだろうな」
「今のままでいいよ」
「大人になんかならないよ。なれそうもない」


 すべて保存

 デジカメのメモリを整理している。昔は昆虫の写真がすべてだったけれど、今は虫と彼女が半々くらい。どれもいい顔だと自画自賛しながら見ていくと、最後に一枚だけ覚えのない写真が。
 彼女が撮ったらしいそれは俺の寝顔。彼女の膝で眠る幸せそうなその表情も、昔にはなかったもの。


 ノシメトンボ  [トンボ目 トンボ科]

「今って、ちょっと焦げたような蜻蛉飛んでるよね」
「それアカトンボの仲間だから」
「赤くないじゃない」
「アカトンボには黄色いのもいるんだよ」
「赤くないじゃない」
「青いのもいるよ」
「赤くないじゃない」
「どんな世界にも、変わり者はいるさ」
「変わり者に惹かれる者も、ね」


 イモムシコレクション

 彼は祈るように手を合わせると、おもむろに百円玉を入れた。
「あなたがガチャガチャって、珍しいね」
「だって虫だもん」
 無邪気に笑う視線の先には、『ぐにぐに曲げられる! イモムシストラップ』。
「ダブったらあげるよ」
「あ、ありがと」
 気持ちは嬉しいけれど、どうしたものか。


 秋のおわり

 一昨日は冷たい霧雨を纏い、昨日は白い雪を積もらせて。しかし今日はその巣のどこにも蜘蛛はいない。
「天国かな。寒いし食べ物もないし」
「巣の欠片しか残らないんだ」
「死んで君の記憶に残るならいいんじゃない」
 見上げた彼は恐ろしく真顔だ。
「良くないよ」
 私は強く強く言い返す。


 メガネウラ  [原トンボ目 メガネウラ科]

「太古のトンボは70cmもあったらしい」
「まるでモンスターじゃない」
「気温とか酸素濃度とかが――」
「要は環境が良かったってこと?」
 頷いた彼は「俺もその頃生まれてれば」とこぼす。
「いいよ、伸びなくて」
「何でだよ」
 これくらいの身長差なら顔がよく見えるのに、勿体ない。


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