虫めづる 231-240

BACK  TOP  NEXT


 ブドウスカシバ  [チョウ目 スカシバ科]

 釣り餌を付ける彼の手際は見事。しかし、私は蠢く芋虫から視線を外そうと上の空。
「慣れてよ、ブドウ虫くらい」
「葡萄虫?」
「ブドウの害虫なんだ」
 そう言いつつ手を取って餌の付け方を教えてくれるからまた困る。
「……大丈夫だから」
「もう慣れたのか」
 いや、全然なんですけど。


 アゲハモドキ  [チョウ目 アゲハモドキガ科]

彼に教わって少しは虫に詳しくなった私。揚羽蝶でしょと尋ねると彼は首を振る。
「アゲハモドキ」
「擬きってことは」
「蛾だよ」
「なあんだ」
 肩を落とした私を、彼は気の毒そうに見つめた。しばらく間があって、赤い顔でぼそりと呟く。
「俺がまだまだ教えてあげるから、一緒にいてよ」


 コムラサキ  [チョウ目 タテハチョウ科]

「隠し紫」
「ある角度からしか紫色が見えないんで、そう呼ぶね」
「綺麗なのに見せないって奥ゆかしい感じ」
「隠されると尚更見たくなるよな」
「何を?」
「翅の色でしょ?」
「そ、そうだよね」
 何故か赤面して俯く彼女。ちらりと覗く首筋は白くて細い。
「それは隠しといて」
「何を?」


 啓蟄

 啓蟄だというのに予報通りの大雪。巷の虫たちも彼の心も蠢き出した矢先だ。
「雪まみれとはね。虫探しはまだ先だな」
 私の部屋で愚痴る彼。言いながら、ハンガーに干された学生服に目をやっている。
「乾かないね」
「いや」
 首を傾げた私に、彼は微笑んだ。
「ずっと雪でもいいかなって」


 とまれよあそべ

「君はアゲハっぽいよな」
 虫に例えられるのには慣れてきたけれど、その意図は聞かなくてはまだ分からない。
「どの辺が似てるの?」
「花に止まる時間が短くてね。花から花への動き、つい目で追っかけちゃうんだ」
 全部記憶しようと思うと見とれる暇もないよ、と彼は頭をかいた。


 オニヤンマ  [トンボ目 オニヤンマ科]

「虫の力を手に入れられるとしたら、何を選ぶ?」
 彼は迷いなく「オニヤンマ」と答えた。
「強そうだしね」
「強さはいらない。それ以外の、今持ってないものはオニヤンマがみんな持ってるから」
「例えば?」
「大きな翅とか?」
 笑う彼がなぜか寂しげで、私は自らの問いを後悔する。


 コカマキリ  [カマキリ目 カマキリ科]

「小さいってのは必ずしも劣っているわけじゃなくて、例えばコカマキリは小柄だから他のカマキリより餌も少なくて済むだろ、だから都会の狭い草むらにも住み着いて生息域を広げられたわけで、生存戦略としては」
「私、あなたの背のことは全然気にしてないよ」
「……俺は気にするの」


 興味

「好きって気持ちじゃなくても無関心よりはマシだろ」
 確かに、彼も私の『興味の対象』だった。最初は必ずしも良い感情ではなかったけれど。
「虫嫌いも興味のうちさ」
「え、そっち?」
「ん?」
「あ、あなたがゴキブリ大嫌いっていうのも好きのうちだね」
 ごまかすように彼をからかう。


 アオイトトンボ  [トンボ目 アオイトトンボ科]

 アオイトトンボにアオイラガ。彼女の名を冠した虫ならばすらすら言えるのに、彼女の名は今日も口ごもる。
 しかしそれは仕方ないこと。アオイトトンボは沢山いるけれど、彼女は世界で唯一の特別な人だから。
 いつかさらりと呼べるようになるその日まで、虫の名でひたすら練習、練習。


 サシハリアリ  [ハチ目 アリ科]

「錆びた8センチくらいの釘を削ってかかとに刺したまま、燃え盛る木炭の上を歩いてるような痛さ」
「何それ?」
 彼はパソコンの画面を私に示す。
「体を張って試した、刺されたら痛い虫ランキング一位。弾丸アリだって」
「……凄い人がいるんだね」
「ちょっと憧れる」
「やめなさい」


BACK  TOP  NEXT