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始業式【2】

 2−Cは、始業十分前にも関わらず、まだ八割方が空席だった。
「みんな、元のクラスメイトに会いに行ってるんじゃねえの?」とは、嵩和の意見。
 新しい生活が楽しみな反面、今までの生活がなくなるのが寂しいような、半端な気分……なのだろうか。俺には良く分からないけど。

 黒板に書かれていた指示に従い、五十音順の出席番号通りに座る。『桐島』は男子9番。俺の後ろには10番の『堺』、つまり嵩和が座ることになるようだ。
「嵩和。お前とは、この先も腐れ縁になりそうだな」
「そうみたい、だな」
 嵩和は「ま、一年よろしく」という言葉に繋げ、未だ主が現れない隣の席に目をやると、「……願わくば、隣に座る女子が可愛い子でありますように」と締めくくった。
「あれお前、この前の彼女は? まさかもう別れたってわけじゃ」
「いんや、彼女とは順調。けどよ、それとこれとは話が別だろ。なにせ今後の勉学への意欲、ひいては受験の出来不出来が懸かってるからな」
「何を言ってるんだ、お前は……」
 嵩和は胸を張って言い切った。
「だってよう、要。可愛くないよりは可愛い方がいいだろう」
「ま、お前はそうなんだろうけど。俺は、付き合いやすいかそうでないか、の方を重視するな」
 そういう俺の隣の席も、まだ空席だ。
「外見より中身で勝負って訳か? お前らしいな」
 俺の隣は、出席番号女子9番。やはり、男子9番の俺と同じく『か行』あたりの名字の子が来るのだろう。俺が頭の中で思いつく限りの『か行』の名字を並べてみた。川村、金屋、北山、久保……この中に、当たりはあるだろうか。

 始業五分前になって、ようやく俺の隣の住人が姿を現した。とはいえ、会ったばかりのクラスメイトと談笑する気もなかった俺は、後ろを向いたままだ。
 しかし、鞄を机の上に置く音に続き、「あれ」という女の子の声がした。その声に、嵩和が怪訝そうに顔を上げる。
「……もしかして?」
 さらに続いたその声に、嵩和と話していた俺もようやく顔を隣に向けた。
 よく見知った顔が、そこにあった。ちょっとクセがあって、外にはね気味のセミロング。黒目がちな大きな瞳。彼女は、昔と同じように、若干間延び気味の口調で俺の名を呼んだ。
「……かなめ?」
「ああっ! 春か?」
「あ、やっぱり要!隣の席、私みたい。よろしくね」
 そこにいたのは、女子9番、門田 春(かどた はる)。俺の、幼なじみだったのだ。

 春とは、小学校からずっと一緒の学校である。腐れ縁という訳ではなく、家が近所だから学区も同じ、という至極当たり前の理由でだ。さすがに高校は別々だろうと思ったら、入試当日に試験会場でばったり会って驚いた。
 俺が春とまともに話した最後の記憶は、高校の入学式の日だ。まだ勝手が分からないので、とりあえず初日くらいは一緒に登校したらどうかという双方の親の提案を受け入れた朝。言葉を交わすのは、それ以来ではなかったろうか。
 年賀状なんかはもらっていた気がするし、校舎内でもすれ違えば挨拶ぐらいはしていたのだが、お互いの遠慮や照れもあってか、高校に入ってからはどちらともなく疎遠になった。俺が、あまり他人の生活に干渉したくないタチなのも原因だったかもしれない。そして、春もそのことを十分分かっていたから。
 まあそんなこともあったが、とにかく春は俺の幼なじみなのである。

「なに? 彼女、知り合い?」
 嵩和が、俺の脇腹をつついた。
「ああ。こいつ、小学校からの幼なじみの門田春」
「門田です。よろしくお願いします」
「で、春、これは堺嵩和。先月までのクラスメイトで、今年も一緒だ」
「堺嵩和です。桐島君とは去年知り合って、今じゃ大親友です」
 嵩和め、『桐島君』なんて慣れない呼び方しやがって。知らない子の前だからって、キャラ作ってるな……?
「と、いうことだ。まあ席替えまでは隣同士だろうから、よろしくな」
「うん」
 春は、鞄の中身を机の中に入れると、横を向いて俺に話しかける。
「久しぶりだね、こうして話すの。小父さんと小母さんと、薫お姉さん、元気?」
 彼女にしては早口で、一気に言った。俺と話をするのが久々だから、緊張気味なのかもしれない。
「親は二人とも元気。姉貴は大学4年目、いつも通りさ。お前んちは?」
「ウチも変わんないよ。家族も、犬もね」
「そっか。懐かしいな、犬」
 『犬』とは、門田家の一員であるオスの柴犬だ。名前が『犬』というのである。
「……おーい、俺も混ぜてくれよー」
 話題に乗り切れなかった嵩和がそう言ったところで、ガラガラと引き戸が開いた。多分クラス担任であろう、見覚えがある男性教師が入ってくる。
 出欠確認、そして始業式。これから1年間の『いつも通り』の始まりだった。
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