five-star

PREV | NEXT | INDEX

始業式【3】

 退屈な始業式が終わると、ホームルームの時間になった。自己紹介と、各委員の選出が主な議題である。担任は『名前や部活動、趣味など、自分のことを一言PRしてください』と告げた。
 俺の自己紹介は至って簡単。
「桐島要です。キリは植物の桐、カナメは重要の要。趣味は……特にありません。よろしくお願いします」
 趣味はあるにはある。だが、ここで言うほどのことでもないと判断したので黙っていた。それに比べると、俺の直後に話した嵩和はくだけたトークが受けていたように思う。こいつは天性のムードメーカー資質の持ち主なのだ。
「結構湧いたな」
 正直にそう言うと、嵩和は親指を立てて笑ってみせた。
 春の自己紹介は、俺や嵩和同様に、ある意味非常に『らしい』ものであった。
「門田、春です。……名前の通り三月生まれ、です。趣味は……読書、です。ええと、一年間、どうぞよろしくお願いします」
 詰まりながらも一生懸命話す春。彼女はもともと考えながら話すタイプなので、昔から会話の途中でよく沈黙があったものだ。
 話し終えてその場に着席した春に言う。
「お前、変わんねーな……」
「ううん、だってそう簡単には変わらないものでしょ」
「そういうもんか?」
「そうだよ」
 嵩和がすかさず割り込む。
「門田さん。ナイス自己紹介」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「嵩和、誉めるなよ。調子に乗るから、こいつ」
「へへへ……」
 案の定、春は頬を赤くして嬉しそうに笑っている。こいつは、意外におだてに弱いのだ。
「それに引き替え、要。少しは凝れ」
 嵩和は、俺に対しては容赦がなかった。簡単に済ませたという自覚があった分、俺の反論は弱気になる。
「今の時代、ゴージャスよりシンプルな方がスマートなんだ」
「シンプルすぎて素っ気ねえよ」
「言ってることは春とそんなに変わらないじゃないか。なあ、春」
「……でも、要らしかったよ」
 春は、困ったような顔をしてそう言った。

 今日会ったばかりの他人同士から、どうやって代表となる人物を選べというのか。それは、俺が学校という空間に通い始めた頃からの疑問であった。
 静まりかえる教室内。立候補でも、推薦でも誰かいませんか、と担任が呼びかける。
(そりゃ、いないだろう)
 クラス委員長なんて、雑用係だ。小学校のクラス委員なんかとは違って、高校にもなると絶対的な権限は皆無に近い。ともすれば騒ぎ出す連中を統率して、与えられた任務をこなす。
 ――面倒そうだな。
 代表という言葉とは対極にある俺は、早く決まらないものかと担任と周りの生徒を見比べる。みんな、多かれ少なかれ俺と似たような気持ちでいるのではないだろうか。
「困ったな。では誰か、経験者はいないか」
 経験者と聞いて、かすかな気配と共に数人の視線が一人の生徒に集中した。視線の先にいたのは、三つ編み――俗に言う『おさげ』の女子生徒。名前は……さっき、自己紹介タイムに聞いたはずだが忘れてしまった。
「……私、三月までやってましたが」
 場の空気に気付いた彼女は、苦笑しながら立ち上がった。
「別に、引き受けても構いませんよ」
「では、委員長は綿貫(わたぬき)にお願いする。他の人は、それでいいか?」
 途端に、教室中に安堵感が広がったのが分かる。みんな、あからさまにホッとしているようだ。やがて誰からとも無く拍手が起こり、クラス最初の議事は終了した。俺はといえば、寄って集って彼女一人に雑事を押しつけたという格好に、軽い罪悪感を覚えていた。
 その後の綿貫さんの議事進行は、賞賛に値するものだった。淀みなく、そつなく物事が片付けられていく。クラス委員決めで押していたはずのホームルームの時間が余ったほどだ。
「では、これでホームルームを終了します。今配った進路希望の調査票は、来週の月曜までに委員長に提出するように。……綿貫は、集めて放課後私のところに持ってきてくれ」
 担任に、『はい』と彼女は歯切れ良く答えた。
 そして、放課。鞄に荷物を詰めながら、俺は春に尋ねた。
「春。あの委員長って何者なんだ?」
 委員長からは、とても同い年とは思えない手堅さを感じる。
「ずいぶん手際がいいな。少し感動した」
「綿貫寧子(わたぬき ねいこ)さん。去年の、……確かE組のクラス委員だった人だよ」
 ネイコ。どんな漢字を書くのか、浮かばない。
「変わった名前だな」
「さっき、自己紹介で丁寧の寧って言ったじゃねえか。聞いてなかったのかよ?」
「そうだよ。それじゃあ、自己紹介の意味がないじゃない」
 嵩和と春、二人からの突っ込みが容赦なく俺に突き刺さる。俺は苦笑した。
「俺、人の顔と名前覚えるの苦手なんだよ……」
「昔からそうだよねえ、要は」
「そういや、俺のときも名前と顔が一致するまで結構かかったよなあ」
「だから、苦手なんだって言ってるだろ」
 本当に苦手なのだ。何かインパクトがあるきっかけがないと、覚えられない。綿貫さんのことだって、今教えてもらわなかったら、きっと1年間『委員長』と呼んでいたことだろう。もっとも、彼女にはそれがぴったりのようにも思えるが。

 教室を出ようとすると、嵩和が思いついたように言った。
「……門田さん、要、これからどうする?」
 始業式とホームルームだけの初日。時刻はまだ11時を少し回ったところだ。
「時間があるなら、どこかで軽く昼飯食って帰らないか? 俺、まだ部活も始まってないし」
 嵩和は水泳部だ。確かに今の時期では体力づくりがメインだろうし、それも新学期初日からは行われないだろう。
 しかし。
「嵩和、いいのか?」
 彼女は、と声に出さずに言うと、嵩和は右手の指でマルを作って見せた。彼女には了解済みなのか、あるいは今日のところは嵩和の方が彼女に振られたのだろう。
 気にかかったことは確認できたので、俺は参加することにした。
「俺はヒマ。どうせ、ハンバーガーとかだろ?それくらいなら付き合うぜ。春は?」
 ハンバーガーという言葉にうなずいた嵩和を見て、春は口ごもった。
「私は……」
「何か用事がありそうな口振りだな」
「うん。『犬』用のドッグフードとか、いろいろ買って帰らないといけないんだ」
「それくらいなら、飯食ってからでもいいんじゃないか。俺も荷物持ちやってやるよ」
 どうせ帰る方向も一緒だし、春の家と俺ん家は近いのだ。これで勝手に帰れとでも言おうものなら、嵩和になんと罵られるか分かったもんじゃない。
「本当? ……じゃあ、行っちゃおうかなあ」
「OK? じゃ、参加者は俺、門田さん、要だな。さ、混まない内に出ようぜ」
 俺たちは、まだざわつく教室を早々に後にした。
PREV | NEXT | INDEX

-Powered by HTML DWARF-